さとり(スターバックス コーヒー nonowa国立店ASM)|大好きな自分で、光り輝くために
2024.10.22
小説家
2024.05.20
著書「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」が松本清張賞の最終選考に選ばれ、見事文壇デビューしたのは2011年、49歳のとき。
きこえない両親を持つ主人公を中心に、様々な個性のろう者たちが小説の中で「生きて」いた。
以後、作品の誕生を歓迎する人たちの声に背中を押されるように、これまで13冊もの作品を次々生み出している。
そのストーリーは、そのセリフは、人間が生きる生々しい社会を描き出し、私たちの心を揺さぶり続ける。
―小説「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」は、ろう者を両親に持つ聴者:CODA(Children of Deaf Adultの略。きこえない親を持つきこえる子供)の“荒井”を主人公にし大ヒットしたミステリー小説です。ろう社会を一つのテーマにするにあたり、ろう者ではなくCODAを主人公にしたのはなぜですか?
丸山 「デフ・ヴォイス」という小説を書く前まで、なかなか自分の「これ!」っていう作品ができなかったんです。そのときは、素人としてコンクールに応募するような形で小説を書いていたんですが、題材を探しても何か自分にしっくりくるものがない、暗中模索の状態でした。そんな中、いろいろな本を読んでいて、ろう者と日本手話と出会った。それで、「これはすごい! こんな知らない世界があるんだ!」とすごく驚いたし、感銘を受けて、これを小説にしたい、これを世に問いたいと思ったんです。だけど書こうと思ったら、ろう者を主役にするとか、ろう者の視点でというのはやっぱり難しかった。当然ながら、私はろう者じゃないですし、そのときはまだろう者の知り合いもいなかった。自分には理解できないだろうし、ろう者を主人公にするのは無理だろうと思いました。どうしようかと思い書けないでいたところ、CODAという人たちについて知ったんです。これもまた、私はびっくりしました。そういった言葉自体を知らなかったし、CODAについてきいたこともなかった。今こそ、映画「CODA コーダ あいのうた」※とかも話題になって多少知られていますけど、13年ぐらい前はCODAなんて全く知られていなかった。だからとても新鮮だったし、さらに調べていくと、今度はCODAという人たちの気持ちが、なんだかちょっとわかる気がしたんですよ。ろう者でもなく、聴者でもなく、ボーダーみたいなところにいる存在。それゆえの苦悩とか葛藤があるわけです。私自身、ろう者ではないですし、CODAでもないっていう話なんですけど、CODAの気持ちはわかるって思ってしまったんですね。今思えばそれも傲慢なことだったと思いますが。実際に、“荒井”というCODAの主人公を設定して、小さいころから親の通訳をしたり、そこから家族との距離ができたり、さらにはあんまり他人とうまく距離がとれないような、そんな主人公を使ったときに、もうすんなり自分の中に入ってきたんです。物語が自然と動いていった。だから、あえてCODAを主人公にしたというよりも、CODAという存在を知ったことによって、逆に書けたんです。
※「CODA コーダ あいのうた」:2021年に上映されたアメリカ・フランス・カナダ合作映画。ろう者の家族の中で一人CODAの主人公が、音楽への情熱をきっかけに家族との関係を再構築していくストーリー。2022年第94回アカデミー賞で作品賞、助演男優賞(トロイ・コッツァー)、脚色賞の3部門で受賞。ルビーの父親フランク役を務めたトロイ・コッツァーは、男性のろう者の俳優で初のオスカー受賞者になった。
―はじめからCODAの“荒井”に自分を重ねて書き始めたのでしょうか?
丸山 書いているときは、“荒井”とも私は距離を置いて、書いたつもりだったんです。CODAという特殊な設定にしたこともありますし、自分とは全然違ういろいろな葛藤を抱えている人間としてつくったつもりだった。でも、不思議なことに、書いた後になって知り合いに「“荒井”は丸山くんに近いよね」と言われたんです。自分にはそのつもりはなかったのですが、例えば無職で親とか兄弟と距離を置いているところや、近しい恋人や友人にもあまり本音をさらけ出さないところを突かれて。まさにそういうところが似てると。その後の二作目以降は、割と強く意識して自分に近づけて書いてる部分がありますね。自分のことを書いてるんだと思ったら、なんだかより深く“荒井”のことも理解できるようになりました。シリーズ化にあたっても、“荒井”が再びデフコミュニティにコミットしていく中で新たに思い出したり知ったりする経験が、自分がろう者や手話について知っていく過程とシンクロして、“荒井”がどんどん自分に近しい分身のような存在になっていったんです。
―「デフ・ヴォイス」の発行部数は約11万部、シリーズ累計では15万部を超え、たくさんの方に読まれています。様々な反響があったのではないでしょうか?
丸山 私、いわゆるエゴサーチが大好きで(笑)。自分の本についてのあらゆる感想は目を通してるんですけど、幸いなことに否定的なご意見を目にしたことはほとんどないんです。よく、そういうのを読むとショックを受けたりするからやめた方がいいって言われるんですけど、今のところそういう経験がないんで助かっています(笑)。
中でも、当事者の方から「よくぞ自分たちのことを書いてくれた」「今まで誰も書いてくれなかった」と感想が寄せられたときは、本当に書いてよかった、報われたという気持ちになりました。当事者でない方からは、「知らなかった」「驚いた」という声をたくさんいただきました。それは、私自身が最初に、ろう者や日本手話というものを知ったときに感じた驚きと感銘みたいなものを、そのまま読者の方も感じてくれているということです。さらには、「自分も気づかないうちに偏見や差別意識みたいなものを持っていて、同じようなことをしているのに気づいた」と言ってくださる声もいただきました。まさしく私が書いているもの、自分自身の中にある無意識の中での偏見と差別意識。そういうものを書いてるので、やっぱりみんな同じ風に感じてくれたのは本当によかったと。
―「デフ・ヴォイス」では、聴覚障害がある人の多様なコミュニティや考え方の違いについても触れています。
丸山 私は、一作目を書いてるときはそこまではわかってなくて、やっぱりろう者というものに集中的に思い入れを持って書いてました。だから、中途失聴の方とか軽度中度の難聴者の方がこれを読んだら、ひょっとしたら不愉快な感じがするじゃないかと思って、申し訳ないような怖いような気持ちになっていたんです。でも、なぜかわからないけどそういう方たちも、「とても面白かった」「よく書いてくれた」と言ってくださいました。おそらく彼らにとっても、多少の違いはとりあえず、今まで誰も知ろうとしてくれなかった自分たちのことを書いてくれた喜びっていうのが入口にあったんだと思います。でも、お礼がてらそういう方々とお話ししていく中で、その違いというのが多少ではないということを理解していきました。私としては、やっぱり単にきこえの程度だけでなく、ろう文化を持つ方々への思い入れはずっとあり、自分の軸はそこにある。でも、グラデーションというか、きこえない・きこえにくい人でもいろいろな人がいるということを、自分が知っていったように、世間の人たちにも知っていってもらいたいなと思い書いています。
―先日、NHKで草彅剛さんが主演しドラマ化されました。どのようにしてドラマ化が実現したのでしょう?
丸山 ちょっと目に付く小説というのは、割と映像業界がドラマ化や映画化について問い合わせたりするもので、「デフ・ヴォイス」も10年以上前から映像化のオファーがいくつもあったんです。でも、私の作品に限らず、どんな小説も映像化に至る前にいろいろな理由で流れることがあるのが普通で、ずっとうまくいかなかった。もう駄目かな…と諦めかけたとき、今から3年ぐらい前ですが、ある制作会社の方からNHKに企画を出すという話があって、それが草彅剛さんの主演で決まったと。そこからまた時間はかかりましたが、おかげでとても良いドラマになったと思います。・・・これは自賛ではないと思うんですけど(笑)。待ってた甲斐があったというか、結果的に一番最後に一番良い企画が来て、一番理想的な形で映像化されたと思っています。
―ろう者の役を、ろうの俳優が演じたことでも話題になりましたが、それは映像化にあたっての丸山さんからの条件だったのでしょうか?
丸山 条件というか、原作者からの強い要望ですよね。映像化の話を受けたときに、私はどこに対しても三つお願いするんです。一つ目は、手話監修の方を私に選ばせてほしいということ。これは、今までのドラマや映画の場合、聴者の手話通訳士が監修・手話指導する作品が多かったのですが、やっぱり私はそれをろう者にしてほしい。さらに、ろう者であれば誰でもいいというわけじゃなくて、私の信頼してる方にお願いしたい、と。手話監修・指導についてはすんなり決まりました。それから二つ目は、ろうや難聴の当事者の俳優を使ってほしいということです。当時NHKの担当者はろうの俳優がいることをよく知らなかった。ろうの俳優がいるんだったらぜひ一度お会いしましょう、大々的にオーディションしましょうとなったんですが、このオーディションが決定的だった。プロデューサーの皆さんが、オーディションを見てびっくりして、すごいなと。非当事者にはできない、当事者だからこその表現力を目の当たりにして、ろうの俳優でいこうと決めたようです。これ、実は私、講演とかで「私が要望しました」とか言っちゃってたんだけど、実は違ったんですよ。ろう者の皆さんから、さすが丸山さんの力とか言われてましたけど、全然そんなことなかった(笑)。それから三つめは、映画の場合は字幕ありの上映をなるべく増やすようにお願いしています。
―「デフ・ヴォイス」はシリーズ第四弾まで書かれていますが、どの著書もろう者や手話の様々な側面を、角度を変えて描かれています。第五弾も構想はあるのでしょうか?
丸山 実は、「デフ・ヴォイス」という小説を書いてない時間も、“荒井”家の時間は流れていて、皆成長してるんです。“荒井”と“みゆき”の夫婦の関係も日々変化していっている。だから、そういう彼らのことを書くつもりではいるんですけども、これがすごく複雑で難しいことになってるんです。書いてもないのに変な言い方ですけど(笑)。これ書けるのかな、書いたらファンが離れるんじゃないかなとか考えたり。だから、いつどういうタイミングで書くかというのは、非常に悩ましいところではあります。
―韓国での映画化も決まっていると伺っています。
丸山 韓国の映画化は4年ぐらい前から話があって、ムン・ジウォンさんという監督がぜひやりたいと企画を出してくれたんです。その段階ではムン・ジウォンさんは全く無名で、過去に「無垢なる証人」という映画の脚本を書いていました。これは、自閉症の少女が事件を目撃して裁判で証言することになるんですが、自閉症の少女の裁判証言は果たして認められるのかというストーリーなんです。これ、私の書いたデフ・ヴォイスシリーズ第二弾の「龍の耳を君に」と設定がよく似てるんですよ。びっくりしました。同じような感性を持ってるんだなって。ムン・ジウォンさんだったら信頼してお任せできる、全面的に好きにしてください、ということでスタートしたんです。だけど、なかなか資金が集まらなかった・・・。それが3年ぐらい経ったときに、彼女が脚本を書いたドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」が世界的に大ヒットしたんです。もういきなり時の人ですよ。それで資金も集まり動き出しました。ここ1年ぐらいのことです。ただし、脚本の第一稿を見せてもらいましたが、この映画の内容は小説と全然違います。同じなのは基本設定ぐらいかなぁ(笑)。韓国はエンターテイメントの力がすごいですから、私ももうそれを信じますよと。派手というか、メリハリの利いた話になっています。全く違うので、逆にどんなものになるか楽しみなんです。
―以前はシナリオライターとして活動されていたそうですが、どんな作品を手掛けていたのですか?
丸山 シナリオライターというのは、職人なんです。要は発注の段階で原作があったり、こんな話で書いてくれと依頼されるものなので、職人としてそれをいかにうまくエンターテインメントとして仕上げるか、ということをやっていました。ジャンルとしては、当時Vシネと言っていましたが、低予算のアクションモノか、ちょっとHモノかみたいな。今でも検索すると出てくるので、自分でも黒歴史と言っていいのではと思ってるんですが(笑)。それはそれでもちろんやりがいがあるというか、自分の職人としての力を発揮するんだと思って頑張ってやっていましたけど、多分合わなかったんでしょうね。自分でも不思議でしょうがない。自分では変わらずに同じように良いものを書こうと思って書いてるんですけど、シナリオは全然認められずに、鳴かず飛ばずで終わってしまったんです。今、小説で少しですけど認められるようになったのは、何かやっぱり合う・合わないがあるんでしょうね。
―行政がつくるビデオの脚本も書かれていたとか?
丸山 国の人権擁護局と一緒に、いわゆる人権ビデオというのをずっとつくっていました。いわゆるドラマや映画のような、いわゆる皆さんが思うようなシナリオライターでは結局食っていけず。生活の糧として、ドラマ仕立ての啓発モノとか教育モノの企画で食べていた時期がすごく長かったですね。
―大学時代に演劇学科で学ばれていたことが、ライターになるきっかけになったのでしょうか?
丸山 早稲田大学の文学部演劇科にいましたが、そこは別に演劇をするわけではなく、主に研究をする学科でした。そのもっと前、子供のころから小説が好きで、最初に物語を書いたのは多分小学生高学年ぐらいでしたね。中学に入って、まず映画が好きになって、それからドラマが好きになって。そこでシナリオライターという仕事を知るわけです。私の中学時代というのは、倉本聰、山田太一、向田邦子というシナリオライター御三家の全盛期です。とにかく素晴らしいドラマを浴びるように見てました。だから、ものすごく影響を受けています。特に倉本聰・山田太一の両巨頭が、自分の血となり肉となり今の自分があるっていうぐらい。私の作品の中にも見る人が見ればわかるぐらいの形で、影響を受けているものがいっぱいあります。例えば、「デフ・ヴォイス」がシリーズ化になって、いわゆる一つの家族の歴史というか、子供の成長を描く。これは完全に倉本聰さんの「北の国から」を意識してるというか、そういうものになればいいなと思って書いてます。「ワンダフル・ライフ」で描いた車椅子の人物の話も、山田太一さんの「男たちの旅路」の「車輪の一歩」がベースとしてあったりします。
―特に印象に残っているドラマはありますか?
丸山 山田太一さんの「早春スケッチブック」と、倉本聰さんの「前略おふくろ様」です。特に「早春スケッチブック」を見たとき、私はちょうど就職を考える時期だったんです。その中で、「自分に見切りをつけるな、人間は、給料の高を気にしたり、電車がすいてて喜んだりするだけの存在じゃあねえ」「その気になりゃ、いくらでも深く、激しく、ひろく、やさしく、世界をゆり動かす力だって持てるんだ」「偉大という言葉が似あう人生だってあるんだ」。というセリフがあるんですけど、私もそういう人生を歩むんだ! と思ってしまったんです。山田太一先生のおかげで、私は非常に道を誤ってしまった(笑)。それからずっと苦難の道が待ってるとは思わなかったですね。
―丸山さんの作品には、障害者が登場人物の一人として描かれていることが多いですが、意識していらっしゃるのでしょうか?
丸山 意識してないと言ったら嘘になるんでしょうけど。障害者やマイノリティについてどうしても書かなければいけないと思っているつもりはないんです。じゃあどういうときに小説を書こうと思うかというと、何か理不尽に困ってる人に出くわしたときなんです。その存在がほとんど知られていない。それが書くモチベーションになるんです。小説って何か強いモチベーションがないとやっぱり書けないんです。だから私のモチベーションの半分は『怒り・憤り』です。残り半分は、「みんながこれを知ったらびっくりするな」とかいうちょっと打算的な気持ちですけど(笑)。誰も書いてないこと、誰もやってないことを取り上げるのが小説を書く原動力になっているから、結果的にあんまり知られていないもの、マイノリティな存在というものに行くんだと思います。特に障害者については、自分が吃音だったり、妻が重度の障害を持ってるというのもあって、普段から接する機会も多かったんです。でも、もう自分の知ってることを書きつくしたという感じもあって。これからはもうちょっと違うところに目がいくんじゃないかなという気はしています。
―著書「ワンダフル・ライフ」の中で、《社会的アーキテクチャ》※という言葉が出てきますが、これに込められた丸山さんの思いを教えてください。
※社会的アーキテクチャ:アーキテクチャ(建築物)によって、人の行動を物理的・技術的にコントロールすること。
丸山 言葉自体は本当にたまたま知ったんですけど、「自分たちの行動を知らないうちにデザインされている」ことがあるんだろうなと思ったんです。例えば排除アート※のように、我々は無意識のうちに差別側に加担してしまっていることがあるんだろうと。綺麗なもの・美しいものの裏には別のものが隠されていたり、全員で何となくやってることが実は違ってたりとかね。どこかの国の諺に、「地獄への道は善意で舗装されている」※というのがありますが、これはちょっと注意しなきゃいけないなって。そういうものの存在を知ったときに、自分への戒めとして書いたんです。多分あちこちに巧妙に仕掛けられてるんじゃないかという気がしてるんですよね。
※排除アート:特定の人による公共空間の利用を物理的に妨げている造形物。丸山正樹著書『ワンダフル・ライフ』には、ホームレスの寝そべり防止を目的とした、間仕切りのある公園のベンチが例として挙げられている。
※地獄への道は善意で舗装されている:イングランド・ドイツの諺。①悪事や悪意は、善意に見えるような形で隠されていること。あるいは、②善意でなされた行為であったとしても、意図せざる悪い結果にたどり着くこと。
―作品の中には、登場人物が人を傷つける発言や行動をとってしまうシーンがたくさん出てきます。なぜでしょう?
丸山 人って悪意がなくても、知らないうちに人を傷つけたり、自覚のない偏見から無意識のうちに誰かを差別してしまうということがある。私もそうですし、やっぱり読者の皆さんが自分もそうだと心に思い当たってくれる。実は多くの悲しい出来事を引き起こしているのは、そういった悪意のない行動であることが結構あると思うんです。根っから悪意のある人たちには何を言ってもなかなか言葉が通じないというのはあるんですけど、悪意なき行動に対しては、話せばわかるというか、気づけばこれから気をつけようと思ってくれるかもしれない。だから物語やエンターテイメントが、何かを伝えていけるんじゃないかなっていう気がするんです。でも、だからってこれで世の中変えようと思ってるわけではなくて、自分への戒めなんですよ。自分に言いきかせながら、「こういうことしてないか、お前!!」って書いてます(笑)。
―今後、取り上げたいテーマや題材はありますか?
丸山 ここ数年は、女性の問題に関心があるんです。日本における人権的課題をピックアップするときに、障害者や来日外国人が挙がりますが、その中に女性問題が入っている。トップですよ、女性問題って。女性は別にマイノリティじゃない。人口の半分いるわけですから。にもかかわらず、国連の人権部会が日本の人権的課題としてトップに挙げるのが女性って、これはどういうことなのって。まだまだ女性について語られてないなと思います。女性については女性が書いた方がいいのではとは思いつつ、男が書くことによって視点・見方を変えて、男もこう言ってるぞみたいなものにしたい。それで、『夫よ、死んでくれないか』を書きました。私はやっぱり当事者性というものをとても意識しているので、今回も女性を書いていいものかどうか葛藤がありました。でも、ちょっとふっ切ったんですね。当事者じゃないから伝わるものもあるというか、女性のことを男性が書いたことによって初めてきく耳を持つような、そういうひねくれた人たちにも興味を持ってもらえるかもしれない。当事者性というものを自分の中でぐっと一つ乗り越えて、臆せず書いていこうと思ったんです。
―丸山さんが思い描く、よりよい社会の姿とはどのようなものでしょう?
丸山 すごく単純な言い方になってしまうんですが、やっぱり公平な社会であってほしいというのが一番です。最近よくありますが、障害者が何か困ったことがあって、それについてSNSでこうしてほしいと発信する・主張する。そうすると、必ず叩かれるんですよ。「もっと謙虚でいろ」「感謝の気持ちを忘れちゃいけない」「そんな人のために何かしたいと思わない」とか言われてしまう。それが、とにかく本当に我慢できない。主張しなくて済んでるのは、それが既にマジョリティの特権なんだと、そのことにまず気づいてほしい。言えば叩かれる、そんなのわかっていて、それでもなお、言わなきゃいけないということを理解してほしい。批判されるのは全く公平じゃない。同じスタートラインに全く立ってない。そのことすら理解しないで誹謗中傷することが一番許せない。平等じゃなくてもいいから、公平であってほしいですね。手話通訳に関しても、きこえない人のためにあると思われていますが、実際はきこえる人のためでもある。誰かが不便に思っていることを解消することは、当事者以外のほかの人の不便を解消することにもつながります。障害者や外国人が暮らしやすい社会にするということは、健常者や日本人が暮らしやすい社会にしていくということでもあるんです。
―そうしたよりよい社会に一歩近づくために、私たちはどのようなことを心がけたらいいと思いますか?
丸山 自分が常に日頃から心がけてるのは、やっぱり相手のことをきちんと見る、話をきく、知ろうとするということです。相手がマイノリティかどうかにかかわらず、目の前にいる人に対して、見る・きく・知る・考えるというステップを、とにかく誠実にしていくことだと思います。ある属性を持つ人たちの何か大事なことを決めるときに、その属性を持った当事者が不在で決められることがとにかく多いんですよ。それが一番大きな問題だと思っています。共生社会というならば、まずそういった当事者の意見をきくことからスタートしないと始まらない。例えば、手話をエンターテイメントして利用するのはいいんですけども、それを見て当事者はどう思うかをまず知ろうとしてほしい。手話を広めるためなら何をしたっていいということじゃない。それを言うと、「そんな難しいこと言うんだったらもう手話なんかもう使わないよ」とか、「手話を広めようとする人いなくなるよ」という反応が返ってきますが、その前に手話を使っている人たちはどう思うかを、まずきいてよって。そこから始めてほしいと思っています。
―2025年、デフリンピックが日本で初めて開催されます。どんなことを期待しますか?
丸山 念願の日本開催、東京開催が実現されました。まず、「デフリンピックって何なんだろう?」「なぜきこえない人たちだけの大会が単独で開かれるんだろう」というところから関心・興味を持ってもらいたい。きこえない人たちはいろいろなことを目で見えるように工夫してスポーツをしてる、生活してるんだということを知ったり、一歩一歩理解していってほしいですね。そのきっかけに必ずなると思うし、私も楽しみです。
―丸山さんご自身の、2025年とその先の目標を教えてください。
丸山 来年、「デフ・ヴォイス」の第五弾を、一部雑誌掲載みたいな形でも発表したいと思っています。どうなるのか、登場人物たちの行動を制御できないので自分でも怖いですけど(笑)。私としては、これからも、読んでいる人の価値観・世界観を揺さぶるようなものを書いていきたい。個人的には「切ない話」が好きなので、いつかはそういうのも書いてみたいですね。
丸山 正樹(まるやま まさき)/東京生まれ
小説家
1961年生まれ。早稲田大学卒業。シナリオライターとして活躍の後、松本清張賞に応募した「デフ・ヴォイス」で作家デビュー(文春文庫は副題として「法廷の手話通訳士」)。その後、続編の「龍の耳を君に」「慟哭は聴こえない」「わたしのいないテーブルで」や「デフ・ヴォイス」のスピンオフである「刑事何森」シリーズなどを次々と発表。
「ワンダフル・ライフ」、ヤングケアラーをテーマにした「キッズ・アー・オールライト」、特養老人ホームが舞台の「ウェルカム・ホーム!」など、社会の様々な問題をテーマに書き続けている。最新作「夫よ、死んでくれないか」(双葉社)を2023年10月に公表。
Instagram:masaki.maruyama.18
X:@mamaruyama
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