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2025をつくる人たち

長井ながい 恵里えりさん

俳優

長井 恵里|演じることに魅了され、俳優として目指すもの

2023.12.22

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実際の事件を題材にした映画 『月』。
長井 恵里さんは、犯人の恋人である「ろう者の祥子」役を演じた。
「当事者が演じることで、作品のよりリアルさを伝えたい」という
その瞳には、俳優としてのゆるぎない覚悟と強い輝きが見えた。

当事者を起用した映画制作のムーブメントが来る

―長井さんが演じることに出会ったのは、いつごろどのようなきっかけから?

長井 2018年公開の今井ミカ監督作品『虹色の朝が来るまで』という映画があり、「主人公のイメージがあなたにピッタリだから」と監督に声をかけていただいたのがきっかけです。それが大学生のとき。わたしは新しいことに挑戦したい性格だったので、好奇心からその役を引き受けましたが、それまでお芝居にはまったくかかわったことがありませんでした。
 映画制作の現場では、どのように演じるかについて丁寧に話し合いました。初めての経験でしたし、しかも主演で、初めは緊張がありましたがとても楽しかったんです。演じるということは、ストーリーに合わせ役柄やキャラクターを想像し、どう感じ動くのか。生い立ちや環境によって考え方も違ってくる。「へぇ~こういうものなんだ!」と学びが多かったです。

―本格的にお芝居の世界に入ろうと思われた理由は?

長井 現在(2023年11月現在)、全国で公開中の『月』という映画に出演してからです。また、『コーダ あいのうた』という洋画で、ろう者の俳優※1がアカデミー賞を受賞しましたよね。アメリカのように当事者を起用した映画制作に日本も影響を受けて、そのムーブメントが日本にもいずれ来るだろうと考え「そのときに備えていろいろな経験をしたい、その経験を活かして俳優としてもっともっとがんばろう」と思っていたときに、ちょうど本作のオファーをいただきました。
 『月』という映画は、実際の事件を題材にしています。そのような作品に出演する勇気や覚悟はありましたが、かかわるみなさんの作品に対する姿勢などに触れ、俳優という仕事の本質を知ることができました。というのは、撮影現場で他の出演者と一緒に演じる中で、ろう者の出演者が私だけという撮影現場は初めてでしたし、俳優としての実力の差を大きく感じました。過去の現場では撮影に入る前に、監督とリハーサルを繰り返し行っていましたが、本作では即その場でカメラテストとリハーサルのうえ演じ、カットごとに同じ演技を繰り返し撮影が進みました。しかも短時間でこの作業を成し遂げる必要がある。初めての経験でプロの撮影現場を目の当たりにし、役を演じるという俳優の仕事の厳しさを感じました。
 でもそれが、わたしにとってはとてもよい経験になりました。「もっと聴者の俳優と一緒に演技をしたい。この環境に慣れなければ」と感じたんです。それで、デフアクターズ・コース※2や聴者中心のワークショップに参加し、演じることと向き合い、いろんな役をやってみたいという思いがより一層強くなりました。
※1:トロイ・コッツァー。『コーダ あいのうた』(2022年公開)で、主人公の耳のきこえない父親を当事者として演じ、第94回アカデミー助演男優賞を受賞。
※2:「ろう者・難聴者の俳優」を養成する目的で、聴者とろう者の講師が共同で取り組む俳優養成講座。

―ご自身の魅力や強み、これまでの経験が、演技の中でプラスの影響をおよぼしていると感じることは?

長井 生きていると、悩みも悲しいこともいろんなことが起こりますよね。人の人生を演じるには、自分の人生経験と重ね合わせ、記憶を辿るようにしています。監督と役の相談をする際も「もしかしたら自分の人生のあのときの経験が今のこのシーンと似ているのかなぁ、リンクできるかもしれない」と考えます。作品によって伝えたい内容は違ってきますが、与えられた役の人物像を自分なりに感じ、当事者だからわかる背景や文化の違いも織り交ぜ演じることで、作品のリアルさをより伝え「メッセージ性」が高まるのではないかなと思っています。

ろう者を知ってもらうこと、長井恵里に興味を持ってもらうこと

―『月』で演じる中で難しかった点は?

長井 本作は社会問題を扱った作品です。しかもわたし自身は、殺人を行う男性の恋人役でした。役柄として「どう表現したらいいのか」と思ったんです。
ろう者は目で生きているので洞察力が高く、相手のわずかな表情の変化、行動から感情を汲み取ります。監督からろう者の特性も劇中に反映させたいという意向をいただき、そういった表現は大事にしたいと思っていました。また、ろう者が聴者と交際する中で、交際歴によってコミュニケーション方法も変わってきます。なので、二人はどこで出会い、どんな話をして一緒に過ごしてきたかを考えていました。
 そこで、現場に入る前に共演者の方と話をする機会をいただき、簡単な手話と身振り手振り、それが通じないときは、音声認識アプリを使い会話をしました。積極的にわたしとコミュニケーションを取ってくださる姿勢がとてもうれしくて。そのときの感覚と重ねた部分があるので、恋人役を演じる上ではそれほど難しさを感じずにいられました。
 一方で、今作に限らず聴者と演じる上での難しさは感じています。

―「難しい」というのは?

長井 私の第一言語は、日本手話です。手話はろう者のコミュニティで生まれた自然言語で、日本語とは言語が異なります。言語に基づいた呼吸や間の取り方も、ろう者は小さい頃から当たり前に身につけているんですね。聴者の方が短期間に手話を習得し、自然に演じるというのは難しいだろうなと感じています。これは過去、演技のワークショップでの経験を含め感じたことです。役柄の設定で、相手の聴者役の方と関係性が深い間柄で付き合いも長い、にもかかわらず普段よく使う会話で辿々しさがあると、演じる上でどうしても影響を受けてしまい気持ちを込められなくなってしまいます。
 なので、キャスティングいただいた際には、はじめの顔合わせのときに聴者の俳優の方や監督、現場の関係者と、ろう者の基本的な知識として言語の違いや、言語が異なるために文化が違う点などをお話しさせていただくようにしています。ろう者を知ってもらい、その上でろう者の監修の方に相談しながらセリフの手話表現や演出を考え監督に判断いただく、というプロセスを経ています。
また、お互いを理解しながら尊重し撮影に臨めるように、休憩やちょっとした合間の時間に自分から積極的に俳優の方やスタッフと、手話通訳を介さずにコミュニケーションを取ることを大切にしています。みなさん心よく筆談に応じてくださり、いろいろと会話をしていくことで本来の私を知ってもらえる。その中で「俳優 長井恵里」として見方が変化していき、興味を持っていただけると思っています。

―長井さんの俳優としての個性や売りは、どんなところだと思いますか?

長井 本当は、ろう者としてではなく一人の俳優としての自分を見てほしいと思いますし、フラットな社会になっていけばいいなと感じます。一方で、わたしは俳優として実力がまだまだだと思っています。いつか、シンプルに演技で期待に応える俳優になりたい。ろう者の俳優だという理由で起用される場合でも、自分ができるだけの準備をして現場に入れば、演技においてもそれ以外の場面でも俳優として自信をもって行動できるし、最終的には本番で結果を出せる。そこで「選んで良かった」と思ってもらえたときに『俳優 長井恵里』として意識してもらえるんじゃないかなと思います。

―チャレンジしたい役や、出演したいジャンルなどありますか?

長井 たくさんあります!(笑) どんでん返しがあるような作品の役とか、突然人格が豹変するような。(笑)あとは「ひとりのにんげん」の人生を生きてみたい。演じるって本当に難しいんですよね。表に出さず、心の中の感情が自然とにじみ出るような演技ができたら・・・。それが今、実現したいことですね。

新しいコミュニケーション方法が生まれる場『ろうちょ~会』

―2025年はデフリンピックが東京で初開催され、多くの方に注目される年となりますが、長井さんが未来に向けて実現されたいことや「こんな社会にしていきたい」というビジョンは?

長井 デフリンピックが東京で初開催されるのは本当にうれしいことです! 開催されるまでに、社会がもっとデフフレンドリーになってほしいですね。具体的には、ろう者や難聴者が街やお店へ出かけたとき、筆談や身振り手振り、音声認識アプリなどを活用して、聴者と難なくコミュニケーションが取れるデフフレンドリーな社会。インクルーシブな社会ともいいますかね。

 そんな思いから立ち上げたのが「ろうちょ~会」です。社会に出て聴者と働く環境で、コミュニケーションのズレが生じ苦労をしました。中には音声をテキストに変えるアプリがあれば、十分な情報保障になると思ってる方も多くいました。ろう者は一人ひとり必要な情報の取得の仕方も違いますし、しゃべれる人もしゃべれない人もいる。きこえもさまざまでいろんなコミュニケーション方法があるものの、まだまだ知られていない。そう感じたとき、6年前になりますが当時気にかけてくださっていた聴者の先輩と、大学時代一緒に団体活動をしていた同期のろう友人と『ろうちょ~会』を立ち上げました。『ろうちょ~会』では「声に頼らない会話をしてみよう」をコンセプトにしています。社会のなかではマイノリティなろう者・難聴者に対し、お互いに歩み寄って、筆談や身振り手振り、手話など、声以外のコミュニケーション方法を考えてもらう。一人ひとりが体験を通じて、目を合わせてわかり合うことの大切さに気づいてもらうきっかけづくりをしています。

 そして、インクルーシブな社会に変えていくきっかけづくりが、わたしが俳優としてできることの一つだと思っています。メディアやドラマ、映画などを通じてわたしを見る機会が増えれば、ろう者のイメージに理解が深まると思います。わたしも演技で結果を出して、「ああ、ろう者も演技ができるんだ」と思ってもらえる。ろうの俳優がいることを知ってもらえば、見た方の視野が広まると思うんです。街の中で突然きこえない人と出会っても、臨機応変に接することができるようになる。そんな考え方や行動が変わるきっかけになれると信じています。
 今後もいろんな作品に参加させていただき、幅広く演じられるよう挑戦していきます。

photographs by 椋尾 詩

(終)

長井 恵里(ながい えり)/徳島生まれ
俳優

四国学院大学時代、映画監督の今井ミカ氏に見初められ、ろう者の監督・役者陣が制作した映画『虹色の朝が来るまで』で主演を務め、演じるおもしろさを知り役者の世界へ。
大学卒業後、ろう者・難聴者向けの俳優養成講座『デフアクターズ・コース2022』の第1期生に。
東京国際ろう映画祭出品作『田中家』でも主演を果たし、NHK『手話で楽しむみんなのテレビ』の手話演者としても活躍。2022年には映画『ケイコ 目を澄ませて』(第72回ベルリン国際映画祭出品作)に出演。
2023年10月、実際に起きた事件を題材にした映画『月』に出演し、犯人の恋人役を務める。2023年12月16日(土)、23日(土)に前後編で放送するテレビドラマ「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」にも出演。

X:@ngeregn(https://twitter.com/ngeregn
Instagram:eri_nagai(https://www.instagram.com/eri_nagai/

<ろうちょ〜会>
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