中川 亮(デザイナー)|「SUGOI」が世界の共通語になる大会に
2024.11.20
聞こえる世界と聞こえない世界をつなぐ
ユニバーサルデザインアドバイザー
2023.08.18
「こんにちは、はじめまして」と話すその声はおだやかでやさしく輝く瞳と笑顔に第一印象から引き込まれた。“聞こえる世界と聞こえない世界をつなぐユニバーサルデザインアドバイザー“としてまた、来たる2025年を盛り上げる“ENTERTAINER(エンターテイナー)”として多種多彩な活動と未来への思いについてうかがった。
松森 ユニバーサルデザインとは、年齢、性別、文化、身体の状況など、さまざまな個性やちがいにかかわらず、すべての人が使いやすい製品やデザイン、空間や環境、社会の在り方を考えていくことです。その実現のために、専門的な立場で適切な指導や助言を行うのが仕事です。わたしは高校生のときに聴力を失った中途失聴者で、当時はさまざまなバリアを感じていました。それらはすべて「聞こえない自分が悪い」と思っていたんです。原因は個人にあるという「医学モデル」の考えが刷り込まれていたんですね。
でも、入学した筑波技術短期大学(現 筑波技術大学※1)で、「東京ディズニーランドを10倍楽しむための提案」という授業があって、担当の先生がディズニーランドをすごく好きだということもあり、聞こえないクラスメイトたち全員で何度もディズニーランドへ行って、「聞こえないために楽しめないことはなにか?」という課題解決を提案する授業を2年ほど受けました。そして、ディズニーランドを運営する株式会社オリエンタルランドと大学とで共同研究も行ったんです。楽しかったですよ~。毎日ディズニーランドですからね(笑)。
「音声アナウンスが聞こえない」「アトラクションの内容がつかめない」など、聞こえないために生じる課題をどうしたら解決できるのかを、クラスメイトと楽しみながら取り組みました。その提案をまとめて、オリエンタルランドの副社長や社員の皆さんの前でプレゼンテーションをしたんです。でも、しっかり準備をしていったのに当日は緊張のあまり頭が真っ白になって、なんにも言えなくなってしまいました。ずっと立っている状態で・・・。「あ~! どうしよどうしよ」って。
そこでポロっと出てきたのが、わたしが聞こえていた小学三年生のときに初めて行ったディズニーランドのことでした。音楽と笑いにあふれた楽しい夢の世界だったのに、聞こえなくなってから行った中学三年生のときには、まわりの人がなにを言っているのかがわからず、音楽も聞こえなくて。聞こえないと楽しめない現実を思いっきり感じました。そのちがいを話したんですが、終了後、準備していたことが話せなくて落ち込んでいた私に、先生が「すっごく良かったよ!」と言ってくれたんです。「えっ?なんで!?」って思ったんですが、「あなたの実体験が心にすごく響いた」と教えてくれて。
そのときに、「実体験というものは、なによりも説得力を持つのだ」と初めて知りました。相手の心が動くと「一緒に考えたいな」という気持ちになるし、「一緒にやっていこう」という人も増えてくるんですよね。そうしたなかで、わたしたちが提案した内容が、いくつもさまざまな形で実現していきました。わたしは、聞こえないからとこれまで不満がいっぱいあったけれど、でも前向きな言葉で提案ができた。そうすると必ず社会って変わっていくのだと思ったんです。
その後、オリエンタルランドに就職をして、美術や装飾関係の仕事をしましたが、結婚、出産を経るなかで、企業のなかだけではなく、社会のさまざまな場所で役に立てる【ユニバーサルデザインアドバイザー】になろうと独立することを決めたんです。
松森 2025年がひとつの契機になることを期待しつつ、そのあとの10年、15年後をしっかり見すえていくなかでわたしが取り組みたいことのひとつは、「空港からデフリンピックを広めていきたい」ということです。わたしは、羽田空港の国際線ターミナル(第3ターミナル)の設計段階からユニバーサルデザイン検討委員会に関わらせていただく機会があり、そのご縁から羽田空港で聴覚障害の理解と接遇や手話を推進するための研修やセミナーなどの企画や講師を担当してきています。羽田空港を運営する日本空港ビルデング株式会社では、さまざまな職員が手話を学んでいるんですよ。デフリンピックの認知度って、まだまだ低いですよね。ですから、空港職員からデフリンピックや手話を広めていこうと思っているんです。
デフリンピックが開催されれば、世界中の聞こえないアスリートが空港を訪れます。国が違うと手話もちがいますよね。日本の手話が通じないこともある。そのときに、音声言語や手話だけでなく、顔の表情、ボディランゲージ、音声認識のアプリなどあらゆる手段と身体全部を使ってコミュニケーションがとれると、お互いに楽しいですよね。そうしたことから、「2025年のデフリンピックに向けて多様なコミュニケーションを学ぼう」と題して、空港全職員を対象に手話セミナーを開催したんです。そこで、デフ陸上棒高跳の佐藤 湊(さとう そう)選手に講師をお願いして、体験談をお話ししていただきました。佐藤選手のお話から、これまで知らなかった世界を知ることができて、参加された皆さん、すごく驚きや発見がたくさんあったようです。
松森 とても大きく変わったと思いますね!「これまで以上に聞こえない人の存在が身近になった」「聞こえない・聞こえにくい人たちが手話で話している様子に気づくようになった」「お客さまのほうから“聞こえない”と言われたときに、以前だったら慌てて対応していたのが、落ち着いて笑顔で対応ができるようになった」とか…。また、以前は自信がないために恥ずかしくて使えなかった手話が、いまはいろいろ使えるようになったという話も聞きます。
時間はかかりましたが、時間をかけてもコツコツと重ねていく。これがすごく大切なんだと思います。
松森 まず、「目を合わせること」だと思うんです。わたしは目を合わせる人が増えていくだけで、社会が変わっていくと思います。目を合わせるだけでも安心感が伝わりますし、相手が目を合わせてくれると「話をしたい」という意思表示が生まれますよね。
逆に、聞こえる人同士って下を向いたままでも話ができるし、電車の中でもずっとスマホを見ている。でも、ちょっと混んできたときに目を合わせて笑顔で「どうぞ」と言うだけで、気持ちがあったかくなりますよね。また、伝わらないと慌ててしまう人って多いと思うんですが、伝わらないということは、聞こえない人たちにとっては日常生活では当たり前なんです。ですから、そうした社会のなかで相手が一生懸命伝えようとしてくれる気持ちがうれしいですし、むしろ伝わらないことも楽しむくらいの気持ちでいたらいいと思うんですよね。
松森 一つめは「最低限の情報保障」や「環境整備」です。例えば、競技施設内を含めた公共施設の音声情報を、文字や手話などでリアルタイムで伝えることです。日本のICT技術は進化しており、音声認識機能など一つひとつの技術はすばらしいのに、それが社会全体のシステムになっていないことが課題だと思います。
二つめは「エンターテインメントを誰もが楽しめること」です。テレビや映画、舞台やライブ、歌舞伎などの日本の伝統芸能など、すべてのエンターテインメントを誰もが楽しめるようにしたいです。そのためには情報保障の枠を超えて、エンターテインメントの世界観を伝える手話や字幕が必要になります。
三つめは「出会う場所を増やす」こと。東京2020オリンピック・パラリンピックでは、さまざまな多様性が表現されましたよね。でも、見るだけで終わってしまう。実際に会わないとわからないこともあると思うんです。会わなければ、ずっと分断されたままです。会うことで初めて関わって交わって、そうした人たちが出会う場所でイノベーションが起きると思っています。
松森 『ダイアログ・イン・サイレンス(※3)』は、音のない世界で、言葉の壁を超えた対話を楽しむエンターテインメントです。1998年にドイツで開催されて以降、世界中で100万人以上が体験しています。日本では2017年に初開催にあたり企画の監修を担当したんですが、「日本では難しいのでは…」と言われていました。なぜかというと、『ダイアログ・イン・サイレンス』は、音や声、言葉を使わずに顔の表情やボディランゲージなどで、コミュニケーションを探しながら楽しむものだからです。日本人はどちらかというと苦手な人が多いですよね。
でも、能のお面などは光の角度で笑って見えたりと表情が変わります。そうした繊細な文化を持っている日本だからこそできるのではないかと―。「日本人って、こんなに表情が豊かだったんだ!」とビックリしたんです。最初はすごく緊張していて表情の硬かった人が、表情がどんどん豊かになって、さらには手や足も動くようになったり、「身体感覚の拡張」とわたしは言っているんですが、その人が本来持っていたものがどんどん表出されるんですよ。
そして聞こえない人と楽しみながら対等な関係で出会い、対話を深めることができるんです。対話をするとこれまでの思い込みとか先入観、固定観念というものがどんどん溶けて、境界線があいまいになっていくんです。そうすると一人の人間として向き合い話ができるようになり、「どうして聞こえなくなったの?」と、普段は聞けないような質問もどんどんできる関係性になります。対話を深めていくなかでバリアがなくなって、社会のなかで聞こえない人や、目が見えない人と出会ったときに、ここでの体験がつながっていくんです。そういう意味でも、「出会う」というのは大切だと思うんですよね。
このエンターテインメントを日本中の子どもたちに体験してもらいたいと思って、子どもを無料で招待するプロジェクトなども開催しています。いずれは海外の事例と同じように、全国の小中学校で、カリキュラムとして授業に入っていくといいなと思うんですよね。
現在は、東京都内のダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森」で期間限定開催をしています。このミュージアムでは、見えない人、聞こえない人のほか、車イス使用者、低身長の人、LGBTQの人、そのほか外見ではわからないさまざまなマイノリティーの人がキャストとなって、訪れたゲストと出会いゲームなどを通して対話を深める企画も行っています。そのなかで、「あなたはマイノリティー? それともマジョリティー?」って問いかけることもあるんです。多くの人は自分をマジョリティーだと思っているんですが―。
でも、「もしあなたが手話を使う人だけのなかに入ったら、どうなる?」って。そのとたんマイノリティーになりますよね。マイノリティーやマジョリティーという言葉は、環境や社会のあり様によって大きく変化するんです。こうして視点を増やすと世界は広がりますし、実体験をとおして新しい視点を得ることで、これまでの思い込みや固定観念がなくなるんです。
わたしたちは、楽しみながら社会を変えていくことを『ソーシャルエンターテインメント』と呼んでいますが、この言葉はわたし自身がめざすものでもあります。
松森 「いま目の前にいる人やとなりにいる人に興味を持とう」ということです。スマホだけを見ていると、まわりが見えなくなると思うんです。「となりにはどんな人がいるんだろうか?」「まわりの人ってどんな人?」と興味を持てば、「ああ、この人はデフリンピックの選手なんだ」「デフリンピックってなんだろう?」「オリンピックとパラリンピックとデフリンピックのちがいってなに?」など、どんどん興味がわいていきます。そこから世界が広がっていくと思うんですよね。
(終)
松森 果林(まつもり かりん)/東京生まれ
聞こえる世界と聞こえない世界をつなぐユニバーサルデザインアドバイザー。小学4年生で右耳を失聴、中学から高校にかけて左耳も聴力を失った中途失聴者。強みは聞こえないこと。聞こえる世界と聞こえない世界の両方を知る立場から、講演、大学講師、執筆、誰もが一緒に楽しむためのアドバイスを、公共施設からエンターテインメントまで手がける。現在は主に、羽田空港・成田空港のユニバーサルデザイン検討委員会等に携わり、接客手話や多様なコミュニケーションの研修企画から講師まで行う。2017年にドイツで発祥した『ダイアログ・イン・サイレンス』を企画監修し、日本初開催を実現。2020年、対話の重要性と多様性の理解を進める【ダイアログ・ダイバーシティミュージアム 対話の森】を開設し、現在も従事。
〈Twitter〉
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https://www.facebook.com/MatsumoriKarin
※1:茨城県つくば市にある、日本で最初に視覚障害者と聴覚障害者であることを入学条件にした国立大学法人。
※2:聴覚や発話に困難のある人と、聞こえる人(聴覚障害者等以外の人)との会話を通訳オペレーターが「手話」または「文字」と「音声」を通訳することにより、電話で即時双方向につながることができるサービス。https://nftrs.or.jp/
※3:音のない世界で、言葉の壁を超えた対話を楽しむエンターテインメント。https://dis.dialogue.or.jp/
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