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陸上競技・山本有真 | 「頑張る理由が見つかった」亡き母の思い胸にもう一歩前へ

2024.04.09

「正直、あのときは陸上が一番ではなかった」。ブダペスト2023世界陸上に女子5000mで出場した山本有真選手には、大学2年時に一度競技を離れた過去があります。しかし、同期の活躍に悔しさを感じ、そして亡き母の思いに触れたことで、再び競技への情熱を取り戻しました。今までの陸上選手とは異なるキャラクター。多くのファンに愛される陸上界のホープは今、確かな成長曲線を描いています。

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山本 有真(やまもと・ゆま)
2000年愛知県生まれ。女子中・長距離走

光ヶ丘女子高校では800m・1500m・3000mでインターハイに出場し、全国女子駅伝では愛知県チームとして優勝に貢献。進学した名城大学では、全日本大学女子駅伝と大学女子選抜駅伝でともに区間賞を獲得するなど国内トップクラスの活躍を見せる。大学4年時に日本インカレの5000mで初優勝をするとともに、国体では当時日本記録保持者で同い年の廣中璃梨佳を抑え、日本学生歴代2位(日本人では歴代1位)となる15分16秒71の大会新記録で優勝した。
2023年4月より積水化学に所属。実業団1年目ながら、7月のアジア選手権で日本女子選手として初めて5000mで優勝を果たし、同種目でブダペスト2023世界陸上にも出場。日本陸連ファン投票2023のトップアスリート部門「ベストパフォーマンス賞」で数ある選手を抑え全体1位に輝いた、新時代の陸上選手。

 

 

「こんなに成長したんだ」

――陸上を始めたきっかけを教えてください。

小学生のころはミニバスに入って、バスケットボールをやっていました。ただ中学校のバスケ部があまり強くなくて、陸上部がすごく強かったんですね。小学校のマラソン大会で毎回1位を取っていたので、親からも個人競技の方が輝けるんじゃないかと勧められたこともあり、陸上部に入ることにしたんです。

――陸上を始めたときから中距離が得意だったのですか?

中学生の初めは800mをやっていて、3年生に上がったころに1500mや3000mを走るようになりました。高校2年生までは800mもやっていて、インターハイにも出場できました。冬は長距離も練習していたので、そこで培った体力と800mのスピードとを組み合わせて、1500mや3000mが得意になった感じですね。

終始明るく語る山本選手。
高校時代にはインターハイにも出場

――名城大学では4年間、全日本女子駅伝と富士山女子駅伝で優勝しています。どの時期に一番成長を感じましたか?

大学4年の5月に『ゴールデンゲームズinのべおか』で5000mに出場したのですが、そのときに10秒くらいタイムを縮めて、15分23秒30を出したんですね。そのとき「自分はこんなに成長したんだな」と感じられたんです。その試合には速い外国人選手も多く出ていて、監督からも「付いていけるところまで付いていこう」と言われていて。オーバーペースでずっと走っていたのですが、意外と最後までもって、外国人選手と競ってゴールできたんですよ。ただそれができたのは、その前の全日本大学女子駅伝で区間賞を取って優勝した自信があったからだと思っています。

名城大学では4年連続で
全日本女子駅伝と富士山女子駅伝を制した
※ご本人提供

「普通の大学生」へ。再び走り出した二つのきっかけ

――競技人生の転機となった出来事は何かありますか?

大学2年のときに陸上から一度離れたことですね。離れる前と戻ったあとで、全然違う陸上人生になったなって。高校時代、私は速い選手じゃなかったので、まさか日本で一番強い名城大学に入れるなんて思ってもいなかったんですよ。いざ入ってみると練習は本当に厳しいし、慣れない寮生活も大変でした。友達から「一緒に遊ぼう」と言われても、部活があって毎回私だけ行けない。そうなると自分でお金を稼いで、おしゃれをして遊びに行く生活がすごくキラキラしているように見えたんですね。成人式に行っても周りはそういう人たちが多くて・・・。それでその後、「私は遊びたいですし、普通の大学生になりたい」と監督に言いに行ったんです。

大学2年時に一度は陸上から離れる。
その出来事が競技人生の転機になった

――その状況から陸上に戻ろうと思ったのはなぜですか?

一つは、同期の荒井優奈と小林成美がユニバーシアードの代表に決まったニュースを見て、すごいなと思ったことですね。私は遊んでいてまったく走っていないのに、二人は頑張って日本代表の切符をつかんだ。それに刺激を受けましたし、正直悔しいと思ったんですよ。 あとは、母の話を姉から聞いたことです。私が小さいころに母は亡くなったのですが、このとき、初めて母の話をしっかり聞かされたんです。母は、スポーツが好きで水泳がすごく得意だった。脊髄に障害もあって車いす生活をしていた。高齢出産でもある中、その状況で私を生んでくれた。その話の最後に、姉から「お母さんが好きだったスポーツを、有真ちゃんに代わりに楽しんでほしい」と言われました。そんな母がこんな健康的な体に生んでくれたのに、それを生かさないわけにはいかないと思いました。だから、陸上に戻ることを決めたんです。

――再び競技に戻り、一番変わったのはどういう部分でしたか?

何より、頑張る理由が見つかりました。正直、昔は陸上が一番ではなかったのですが、今は陸上が一番です。もちろん遊ぶ時間もありますよ(笑)。きちんと陸上をやって、しっかり遊ぶ。私にはこのやり方が合っているし、これで速くなってやろうと思っています。

姉から亡き母の話を聞いたことで
「頑張る理由が見つかった」
※ご本人提供

ホントは繊細。プラスに変えるための学び

――2023年は実業団1年目でしたが、7月にアジア選手権で日本女子選手として初めて5000mで優勝を果たし、ブダペスト2023世界陸上にも出場しました。

国際大会に出場するようになって感じたのは、スタートラインに立つまでが一番大変だということですね。時差や食事、周囲の環境が整っていない中で、自分をベストの状態まで持っていくのがこんなに難しいとは思いませんでした・・・。タイでは高温多湿で熱中症になりかけましたし、ハンガリーでは水が合わなくて腹痛になってしまった。ただ、何回か出場して慣れた部分もあります。最初は英語で話しかけてくる人に怯えていましたが、今はもう慣れて自分から話しかけられるようになりましたし! 環境が悪くても「まぁいいか」と思えるメンタルも持てるようになりましたね。

――日々記録と向き合うことは自分と向き合うことと同義かと思います。生活する上で意識していることはありますか?

新人向けの研修が月1回あって、プラス思考に物事をとらえるための考え方を学んだんですね。そこで教えてもらったのが「リフレーミング」です(編注:物事や出来事、状況などの枠組みを変えることで、別の視点を持てるという心理学の用語)。例えば、風が強くて今日は走るのがしんどいと思っても、風が強い方が逆にもっと良い練習になるかも!という感じで、何でもプラスに捉えて過ごすことを習慣づける。そうすれば試合でいくら不安な状況に陥っても、自分の中でプラスに置き換えられるようになる。これからもどんどん実践していこうと思います。

何事もプラスに捉えて過ごす。
取材の中でもポジティブなワードが多かった

――良い習慣ですね。お話を聞いていてもポジティブな印象を受けますが、ネガティブに考えてしまうこともあるのですか?

ネガティブというほどではないかもしれないですが、試合はもちろん不安ですし、走るのが嫌だと思うときもありますよ。でも今は試合を楽しもうとプラスの考えで走れるようになってきました。緊張もしますし、こう見えて繊細なんですよ!(笑)

――それは失礼しました(笑)。

 

決勝へ行くこと・あれを生で観ること

――世界陸上はご自身にとってどのような舞台だと感じますか?

ブダペスト2023世界陸上は結果が悪く悔しかったですが、夢のような舞台でしたね。周りがキラキラしていて迫力があって・・・。あの空間で走れたことはすごく良い経験でしたし、あそこできちんと走れなかった自分の弱さも痛感しました。そのときの経験と記憶が、今頑張れる理由にもなっています。世界陸上は他の大会と全然違いましたね。

――現在は日本を代表して、世界と戦う選手になりました。日の丸をつけることに対してどう感じますか?

今は本気でパリ2024オリンピックを目指しています。ブダペストでは、正直「私が日本代表で走っていいの?」と思っていたのが、それから自信を持って「自分が走ってやるんだ」と思えるようになったんです。次こそは「自分で勝ち取った」と言えるように、6月の日本選手権で勝って代表に選ばれたいです。 あとは以前、このサイトでも取り上げていた走幅跳の秦澄美鈴選手だったり、代表活動でいろいろな種目の人と仲良くなれたんですよ。そういう選手たちが今もオリンピックに向けて頑張っているので、自分もみんなに負けないように高いレベルで戦って、一緒に代表になりたい。その気持ちが日に日に強くなっています・・・!

世界陸上に出場した経験から意識レベルが一段上がった

――東京2025世界陸上での目標と、楽しみにしていることがあったら教えてください。

目標は5000mで決勝に行くこと。今の自分を超えて、もう一段階強くなる必要があります。そのときに、どんな自分になれるのかワクワクしています。
楽しみにしているのは・・・、最近TikTokやInstagramで、外国人の観光客が来日して日本の素晴らしさに驚いている動画を見るのにハマっているんです! お寿司を食べて美味しいとか、ゴミが一つも落ちてなくてきれいとか、日本人は礼儀正しい・・・とか日本を感じて驚いている動画を見るのが好きで。来てくれた海外選手や観光客が、日本の食事や整った環境に感動してくれたらすごくうれしくないですか? それが楽しみですし、動画で見ているあの世界を自分も生で観られたらいいなぁって。

 

おしゃれも楽しんでいいんだよ

――ここからは山本さんのプライベートについてお聞かせください。休日はどのように過ごされていることが多いですか?

けっこう遠出しますね。最近旅行で行ったのは岐阜、福岡、茨城かなぁ。岐阜ではグランピングして、飛騨牛を食べたり、星空を見たり、滝にも行きました! 福岡では自然に囲まれて過ごしましたし、最近はネイチャー派ですね(笑)。茨城では釣りもしましたね。

――釣りはけっこうやられるのですか?

まだ初心者なのですが、周りに釣り好きの人がいるので、それに影響されて竿も買っちゃって。江の島にも行きましたし、(取材の直前に行った)宮崎の合宿では泊っているホテルの目の前が海だったので、その休憩時間にもやっていましたね(笑)。

最近ハマっているのが釣り
合宿でも隙あらば…!
※ご本人提供

――釣りのどういうところが楽しいのですか?

「こういうところで釣れるんだよ」と釣れるポイントを聞くだけでも面白いです。「えっ!そんな岩の隙間にいるんだ」とか。あとはイカの塩辛を餌に釣れたこともあって、こんなものでも釣れるのかって。全然釣れない日もあったけど、朝日がきれいで、そういうのを見られるだけでも楽しいんですよ。釣れなかったときは、市場でたくさん買って七輪で焼いて食べました(笑)。

――SNSを拝見すると、すごく雰囲気のある写真が多いですね。

おしゃれするのが好きなのもあり積極的にやっているのですが、そういうのをSNSにアップする陸上選手があまりいないんですよね。私のSNSは長距離の選手や中高生が見てくれているので、その人たちに「おしゃれも楽しんでいいんだよ」ってことを伝えられたらいいなぁ・・・と。
競技をやっていると、休日も遊んではいけないと思っているかもしれない。私はおしゃれを楽しみながらも走っているし、最近はファンの子から「どうやってメイクしていますか?」「どこで服を買っていますか?」なんて質問も来るんですよ。おしゃれは人生の楽しみ方の一つですし、そこにポジティブにいろいろ聞いてくれるのがとてもうれしいです。私がSNSで発信することで、おしゃれも楽しんで自信をつけてくれる女の子が増えたらいいなって思いますね。

SNSでは普段の「山本有真」を惜しみなく。
そのキャラが多くのフォロワーに愛され日本陸連ファン投票1位に
 ※ご本人提供

毎日『死んだっていいや』と思うくらい

――女優の長澤まさみさんが憧れとのことですが、好きになったきっかけは?

長澤まさみさんが出ている映画やドラマは欠かさず観ていて、常に癒されています(笑)。中学生くらいのときに『プロポーズ大作戦』を観て以来、ずっと憧れで。あとは姉が少し似ている感じがあって。10歳離れているのですが、姉もすっごくかわいいんです! 山本有里という名前で、名古屋で起業して、スタートアップコミュニティマネージャーという仕事をしています。講演会などもやっていて、いろいろな方に「この間、有里さんと仕事したよ」と声をかけられたり。キャリアウーマンですごく尊敬しています。

――ONE OK ROCKも好きなようですが、ハマったきっかけは?

前は人に勧められた音楽を聴くくらいだったのですが、ワンオクだけは自分から好きになったんです。たまたまCMで流れていて、それを聴いた瞬間に「めっちゃカッコいい」と思って。それで一気に好きになっちゃいました。どれを聴いてもお気に入りになっちゃう曲ばかりで、試合前は必ず聴きますし、ライブにも何回も行っています!

――その中でも一番好きな曲は?

『キミシダイ列車』ですかね・・・。曲調も歌詞も全部好きです。毎日全力で生きている、という曲なのですが、「過去の自分が今の土台となる」や「もういいや このまま死んだって思うほどバカに生きてるから」ってフレーズはすごく好きです。毎日『死んだっていいや』と思うくらい全力で生きられたらいいなって思います。

ONE OK ROCKのライブにて。
レース前にはいつも聞くほどお気に入り
※ご本人提供

あの人に「いつか有真ちゃんと呼ばれたい」

――自分以外で、おすすめの選手を紹介するならどなたですか?

ちょっとテンション上がっちゃいますよ(笑)。一番のおすすめは、このサイトでも取り上げられていたサトケンさん(佐藤拳太郎選手)です! 前からすごくファンで、代表で一緒になって本当に嬉しかったです! あとはジュリアンさん(ウォルシュ・ジュリアン選手)も。このお二人は大好きです!

――お話されたことはあるんですか?

サトケンさんには「一緒に写真撮ってください」とか「試合頑張ってください」とか・・・。基本的に1ラリー。あまり喋ったことないんです(苦笑)。2ラリーはムリです。女子選手でご飯を食べているときなんかに、「有真ちゃん今なら行けるよ」と押し出され、むりやり近づいて「頑張ってください!」だけ言って逃げたり(笑)。誠実でおごらない感じがすごく良いですよねぇ。記録を出しても謙虚で、走り方もすごくカッコイイし、話してもとても優しいんです! 今は「山本さん」と呼ばれているけど、いつか「有真ちゃん」と呼ばれたい(笑)。きちんと認知されるように頑張ります!

目指せ2ラリー。
推し活も良き人生のコツ?

――推している理由としては「カッコよくて人柄も良い」というところですかね?

それだけじゃないんです! 私、一時期400mにハマったことがあって。実際400mって本当にきついじゃないですか。そのレースを観て、モチベーション上げて練習を頑張っていたんです。あんなに一生懸命走る選手を観ていると、自分もすごく走れたんですよね。腕の振りや、最後の100mを追い込んで走るのを観て、私もポイント練習でそれをイメージして走ると、すごく良い感じだったんです。それで400mを好きになったのですが、中でもサトケンさんとジュリアンさんの走りは格別ですね。すごく好きです。

――では東京2025世界陸上前に佐藤選手との対談を検討してみましょうか。

本当ですか! ぜひお願いします!

――はい(笑)。では最後に東京2025世界陸上を楽しみにしている読者の皆さんへメッセージをお願いします!

東京2020オリンピックで観戦できなかった日本の方たちに、陸上競技を生で観るのはすごく楽しいんだということを味わってほしいです。私も生粋の陸上ファンなので長距離以外の種目もたくさん観たいですし、会場の雰囲気や歓声ももちろんですが、海外のトップ選手が集まって観られる機会はそうそうないと思います。陸上ファンの方もそうではない方も、ぜひ一度は会場に観に来ていただき、私たちと一緒に世界陸上という夢の舞台を体感してもらいたいです!

X:@ yy_oneok69
Instagram:_yuma0501

text by Moritaka Ohashi
photographs by 椋尾 詩

共同制作:公益財団法人東京2025世界陸上財団

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