鵜澤 飛羽(うざわ・とわ)
2002年宮城県生まれ。男子200m(20秒23)パリ2024オリンピック日本代表
築館高校卒、筑波大学所属。2025年4月より日本航空株式会社(JAL)へ入社。
中学校時代は甲子園出場を夢見る野球選手。しかし、練習中に肘を痛めたことから野球の道を断念。高校進学後、陸上競技の短距離走に転向。高校2年生時にはインターハイで100mと200mの両種目を制する。筑波大学進学後は2022年の2年生時に200mで日本インカレ優勝。勢いそのままに翌23年には日本選手権で初優勝に輝き、ブダペスト2023世界陸上の日本代表に選出される。初出場となった世界陸上では堂々の準決勝進出。
2024年には日本選手権を連覇し、パリ2024オリンピックに出場。世界陸上同様に準決勝進出を果たし、国内屈指の実力を示す。同年には東京2025世界陸上の大会スポンサーであるTDK株式会社から「TDKアスリートアンバサダー」に任命される等、2025年に日本陸上界を新たなステージへと導く才能として期待されている。
パリでの心残り「まだ折り合いついてない」
――パリ2024オリンピックの200mでは準決勝に進出しました。改めて振り返るとご自身にとってはどのような大会だったと感じますか?
初めてのオリンピックでいろいろと思うことはありました。予選は同じ組にいたノア・ライルズ選手(アメリカ)やアンドレ・ドグラス選手(カナダ)に勝ちたかったので、勢い任せに行った感じではあったんですけど、心身ともにすごく良い状態でした。一方で、準決勝は決勝に残りたい気持ちが強かったのか、自分らしくない走りになってしまった。ふがいなかったし、力を出し切れなかったと感じています。
――4×100mリレーのメンバーに選ばれなかったことについて「心の中で選手として納得できていなかった」と語っています。その気持ちとはどのように折り合いをつけたのですか?
いや、まだつけられていないんじゃないですかね。もう二度とパリ2024オリンピックで走る機会はないので、それを逃してしまったという気持ちが強いです。だからこそ次の世界陸上では自分が走りたいですし、そのために世界リレーに出て、結果を残す必要があると思っています。一番手っ取り早いのは、実力を文句なく示すこと。サニブラウン(・アブデル・ハキーム)選手はもちろん経験もありますが、完全に実力で選ばれていますよね。結局は速くなればいい。今は100mの走り方も身に付いてきたし、パリにいた自分よりも間違いなく戦力になる。何走でもいい。東京2025世界陸上では絶対に走りますよ。
――オリンピックで印象に残った出来事はありますか?
セイコーゴールデングランプリで一緒に走ったブレンドン・ロドニー選手(カナダ)と競技場で会えて話したんですね。ロドニー選手は4×100mリレーに3走で出場して、金メダルを獲りました。一緒に走った選手が目の前で世界一に立つ姿を見た。すごく感化されたと言うか、心を高ぶらせてくれた感じがしました。閉会式でも会って「東京では一緒に走ろうぜ」と話したので、その約束を果たしたいですね。
――オリンピックを経験したことで、ご自身で変わった部分はありますか?
以前はオリンピックを特別視していなかったんです。でも他競技の選手の想いや、応援してくれている国民の熱量がすごいなと感じて。「オリンピックってこんなに熱いんだ」と出場して初めて実感しましたね。僕の地元はめっちゃ田舎なんですけど、そこでもパブリックビューイングがあったんです。夜中の2時や3時ですよ。にもかかわらず、小学生のときに野球をやっていた頃にお世話になった父兄や、学生時代の同級生、同じ地域に住んでいた年配の方や、学校の先生方なんかも観に来てくれた。自分がこの舞台に立つ意味を感じられましたし、何よりすごくうれしかったですね。
1日10km!? 質を求め続けたがゆえの練習量
――陸上競技を始めたきっかけを教えてください。
中学までは野球をやっていたんですけど、肘を壊してしまい、仕方なく陸上を始めた感じですね。種目としても、肘を壊しているから投擲種目はできない。今はだいぶ回復しているんですけど、当時は物を持つのもきつくて、いまだにウエイトをやっていると痺れるときもあります。長距離はそもそもしんどいから無理で(笑)。跳躍は高校に設備がなくて、消去法でやるなら短距離になったという流れです。
――陸上を始めてからわずか1年半でインターハイ2冠(100m、200m)を達成していますが、ご本人はどう感じていたんでしょうか?
性格上、やるからには本気なんですよ。熱も入りましたし、同世代の中でも「練習量は一番」だと自信を持って言えるくらい練習しました。その結果がインターハイ優勝につながっただけなんです。
――どれくらい練習したんですか?
100mのダッシュだけで1日10km以上とかですかね。100本は余裕で超えてました。
――え⁉ その量を日々の練習でこなしていたんですか?
それで言うと、その100本は部活動とまた別で。田舎の高校だったので、ガツガツやるような部活でもなかったんですよ。練習量が全然足りなかったので、終わったあとにずーっと一人で走っていた感じです。走ったあとにさらに、いまだにきついと思っている補強トレーニングを何回もやっていました。そこからまた、仲が良かったバドミントン部の友達と別の筋トレを始めるっていう(笑)。
――め、めちゃくちゃしんどそうですね。
いや、でもこれがやっていると不思議と楽になってくるんですよ。最初から100本走ろうと思って始めたら絶対にきついんですけど、そうではなくて。1本ずつ、「今の走りはこうだったから、次はこうしてみようか」と技術面で突き詰めながらやっていると、いつの間にか本数を走っているんです。陸上選手あるあるですね。
「今も偶然を待っている」 腑に落ちた恩師の教え
――こういう練習はどこから学んだんですか?
完全に独学ですね。ウサイン・ボルト選手ら速い選手の映像をひたすら見て、真似をしていました。最初はレベルが高すぎたんですけど、たまたまうまくいくこともある。高1の8月くらいに100mで初めて10秒台を出したんですけど、そのときの感覚がすごく良かった。勝手に足が進むし、タイムも上がった。偶然にそういう感覚が出てきて、それをずっとやり続けたんですよ。ただ僕は不器用なので、もう一回その走りをしようと思ってもすぐにはできない。だから何回もやり続けて、似たような感覚を拾っていったんです。
でも、ずっとやっていたらタイムが落ちて、高2になってからはケガもあって自己ベストが全然出なくなった・・・。うまくいかないことに沈みながらももがいていたら、インターハイの1カ月ほど前に2回目の偶然が出たんです。この偶然の感覚をまた拾えばいいんだと思いながら走り、何回もやっていたらインターハイで優勝していたという感じです。
――その偶然を積み重ねていくことが、タイムを上げていく近道だと考えたわけですね。
いや、当時は自分でもそこまで考えてやっていないんですよ。その中で高2のときの合宿で、筑波大卒の佐久間康太先生が「偶然が出てきて、それを必然にするんだ」ということを教えてくれて。「今までやってきたのはそういうことだったんだ!」と一気に理解できたんです。自分のやり方に間違いはなかった。だから今もずっと偶然を待っているんですよね。それがまたどこかで見つかればタイムも上がるでしょうし、そろそろ出てくるだろうなと感じているんです。
――今までその偶然は何回くらい起きているんですか?
3回ですかね。1回目が高1で初めて10秒台を出したとき、2回目が高2の合宿のとき、3回目が大学3年生の5月くらいです。200mの後半につながるカーブ抜けの走りを練習していたときに、カーブを抜けて一気に加速できる感覚が出た。その偶然を必然にできるようになってから、かなりタイムが上がりました。そして今度はカーブ抜けでも違うことをやり始めているんです。そこでまた新たな偶然に出合えれば、さらにタイムが上がると思うんですよね。あとは、その進化につながる身体を創れるかどうか。それは自分の練習量次第だと思っています。
全力で突っ込み、全力で倒された
――現状、目指す記録はどこに置いていますか?
まず日本記録(20秒03)の更新ですね。20年以上破られていませんが、それは僕が生まれていなかったからだと思っています(笑)。
――ちょうど先日、その日本記録保持者である末續慎吾選手の取材をしてきました。
末續選手・・・すごすぎますよね。武井壮さんとのYouTubeも観ましたけど、僕より速く走る気がしました。末續選手の壁はめちゃくちゃ高いのは、ずっと実感しています。走れば走るほど、そのタイムがすごいことを理解する。ただ、日本記録を更新したからと言って、それで世界に通用するわけじゃない。アジア記録(19秒88)より少し速いくらいがぎりぎり通用するレベルです。しかもそれをコンスタントに出せないといけない。それが強い選手の条件だし、世界で通用する選手だと思っています。
――初出場したブダペスト2023世界陸上では準決勝進出。ご自身にとってはどのような経験になりましたか?
日本代表になって初めての大きな国際大会でした。失うものは何もないから全力で突っ込んだんですけど、全力で倒されました。世界との差を痛感できたのは大きかったと思うし、今の思考に至るきっかけになりました。「勝つぞ」という気持ちだけでは太刀打ちできないことが分かったので、それを経験させてくれた良い大会だったと思います。
――東京での世界陸上の目標を教えてください。
まず決勝に残ること。そしてそれまでに日本記録を更新できていたらうれしいですね。あとは4×100mリレーで金メダルを取って、メンバーと国歌を歌いたいです。北口榛花選手がパリ2024オリンピックで金メダルを取りましたけど、僕も試合を観に行っていたんですよ。メダルセレモニーで国歌を歌っている北口選手がうれし泣きしているのを見て、僕ももらい泣きしそうになりました。
――東京2025世界陸上で楽しみにしていることや期待していることがあったら教えてください。
陸上教室をやる予定なんですね。世界陸上に向けて陸上をどううまく発信できるかというのを考えていて、その一つが陸上教室になると思っています。陸上の発信は難しい・・・。野球やサッカーのようなチームスポーツだと試合時間もそれなりに長く、そこで見せられるポイントもある程度発信しやすい。ただ陸上は、特に短距離は一瞬で終わってしまいます。競技に対して懸けてきた時間や思いは一言二言で表せるものじゃない。だからライトに伝えられるのが「みんなと一緒に応援しましょう、楽しみましょう」くらいしか言えないのが現実なんです。
その上でやっぱりですが、一番は世界で結果を出して、「日本にはこんなすごい人がいるんだ」となれば、みんなも興味を持ちますよね。それが一番手っ取り早いし、自分にとっても一番良い方法だと思います。北口選手やサニブラウン選手、村竹ラシッド選手たちのおかげで注目度は高まっているので、僕もその中の一人に入りたい、入らないといけないなと思っています。
『七つの大罪』は・・・初恋(みたいなもの)
――休日はどのように過ごされていることが多いですか?
漫画、アニメ、ゲームにひたすら没頭しています。家から一歩も出たくない。小さいころは人並みにゲームをやっていたくらいでしたけど、中学生のときにアニメの『七つの大罪』を観てからどハマりして・・・。当時の僕にはものすごく刺さったんですよね。人生の教科書みたいな感じで、何か迷ったりしたら「このキャラクターだったらどうするだろう」と考えるくらい、自分を導いてくれた作品なんです。完結したのが高校3年生のときなんですけど、ずっと追い続けていて楽しかったですね。
――刺さったのはどういうところなんですか?
細かい話になりますよ(笑)。1期と2期は作画がめちゃくちゃ良かったんです。あと声優さんも豪華でした。梶裕貴さんが主人公のメリオダス、雨宮天さんがエリザベスをやっていた。キャラクター性、ストーリー、曲も良い。1期目はいきものがかりですよ。2期目はFLOWで、「それは刺さるでしょ」と! あとは必殺技が最強過ぎるんです。相手の魔力をほぼゼロの力で何倍にもして跳ね返せる。そんなの強いに決まってる。キャラクターごとの決め台詞もあって、それがカッコよくてハマっちゃいました。ただのオタクになってますけど、大丈夫ですか(笑)。
――大丈夫です(笑)。ゲームは何をやっているんですか?
卒論で忙しかったので最近できていないんですけど、終わったら絶対にやろうと決めているのは、『ドラゴンクエスト3』のリメイク版ですね。世界を救いに行こうと思ってます。あとは『キングダムハーツ』かな。
――救いたくてしょうがないんですね。
そうなんです、早く魔王を倒しに行かないと(笑)。11月に発売されたのに、まだできてないんです。
――順番をつけるとしたら『七つの大罪』が一番?
自分の中では殿堂入りしているので、一番とかじゃないんですよ。『七つの大罪』は原点であり、別格です。初恋みたいなものですね。
――終わったときはロスがすごそうですね。
『黙示録の四騎士』という続編が出ているので、まだ大丈夫です。恐ろしいのは作者の方が、『黙示録の四騎士』を描くためだけに、『七つの大罪』を描いたと言っているんです。どんだけすごいんだと。『黙示録の四騎士』にも『七つの大罪』のキャラクターがけっこう登場しているので救われたんですけど、これが終わったら完全にロスですね。ヤバいです。
お菓子を食べることは競技成績に影響するか
――卒論はどういう内容で書いたんですか?
お菓子を食べるか食べないかで競技成績や種目間で優位性があるのか、を調べています。
――また珍しい研究ですね・・・。
僕、お菓子が大好きなんです。でも高校のときはいっさい手をつけなかった。お菓子も食べない、外食もしないというのを決めていました。それを続けていたんですけど、大学に入ってからコロナ禍になって、一回完全にバーンアウトしてしまったんですね。そのときに食べ始めて以降、元々好きだったグミを毎日1袋~2袋を食べるくらいの生活をしています。スポーツ選手にとってお菓子は悪いイメージがあるじゃないですか。でも自分のタイムは上がっているので、「何かあるんじゃないか」と思ったんです。
あと僕は料理をするのも好きで、栄養系の研究をしたかったので、『お菓子を食べるか食べないかで競技成績や種目間で優位性があるのか』を調べようと思ったんですね。今のところ、出た結果だけでは断言できないですが、日本選手権で入賞するレベルの人たちと、インカレなどの大会に出てない人たちで比較しても、ほぼ差がなかったんです。問題はそこじゃなくて、きちんと練習して、生活をしているか。僕はちゃんと練習も生活もしているので、実証できてるのかな・・・と。ただ競技関係なく「じゃあ、食べてもいい」となるのは良くないと思ったので、論文の最初に「練習も生活もしっかりした上でなら」という前置きは長々と書きました。
――なかなか変わったテーマですよね。
参考文献を探しても、なかなかなくて(苦笑)。あと解析方法もいろいろあるんですけど、自分の方法は研究室で使っている人がいなくて、誰も分からないという状態でした。論文を探しまくって、大学院生の先輩方にも協力してもらいながらなんとか書きあげました・・・。
“経験”収集癖?
――好きなことや気になったことは突き詰めるタイプですか?
たぶん、“経験を増やしたい”んじゃないですかね。収集癖はあると思います。フィギュアとかも好きなのでいっぱい集めたい。家にフィギュアは150体くらい・・・いや、小さいものを合わせたらたぶん300体はいますね。
――引っ越しが大変ですね。
大変でした。漫画も4,000冊くらいあって・・・。集めたくなっちゃうんですよね。たぶんそれもアニメを観る、ゲームをするという“経験”を集めたいんです。
――それだけあって家にどう収納しているんですか?
ひと部屋それ用に使ってます。だからクローゼットを潰しました。そこにフィギュアを置くための棚を入れて、ずらっと並べて。その部屋に入ったら好きなキャラクターがいっぱいいるんです。最高ですよ!
ラシッドさんは本当にカッコいい。トヨケンは欠点がない
――自分以外で、おすすめの選手を紹介するならどなたですか?
(村竹)ラシッド選手には高校生のころから良くしてもらっているんですよ。4月からは同じ会社の先輩になるし、僕の中で目標とする人です。あの人は本当にカッコいいんですよね・・・。競技やっているときもそうだし、ご飯を一緒に行っても良い人。あと良い香りがします(笑)。ただ僕がファンなだけです。
豊田兼選手もこの企画で取材されてましたよね。あいつは欠点がなさすぎて逆に腹が立ってくるんです(笑)。「何個持ってるんだよ。一個くらいくれても良いだろ」と。カッコよすぎるんです。元々まわりから「トヨケンは良い奴だ」という話を聞いていたんですけど、一個くらいは欠点があるだろうと思っていて。でも、何もないんですよ・・・。少しクールなところはあるからノリツッコミとかできないだろうと鎌をかけたんですけど、全部できました。なんなんですか、あいつは。
――他にも仲良い選手はいますか?
あとは中央大学の藤原寛人選手ですかね。同期で高校時代からインターハイにも一緒に出て、仲良くさせてもらっています。U20世界陸上の4×100mリレーで金メダルを取りましたし、実力的にも申し分ない。分け隔てなく人と接するから、人望もあります。「The 大学生」みたいな感じで騒いだりもするんですけど、陸上にはすごく真面目でいろいろと考えながらやっている。
定期的に連絡くれるんですよ。僕が試合に出たとき「頑張れよ」とか、ちゃんと見ていてくれて。そういうのもうれしいですし、本当に良い奴ですね。
――最後に東京2025世界陸上を楽しみにしている読者の皆さんへメッセージをお願いします!
国内で世界最高峰の試合を観られるというのは、なかなかありません。世界各国のいろいろな選手を観てほしいですね。世界のトップレベルの走り、跳び、投げが観られる。ここがこの地球の最高峰なんです。その中で、自分も含めた日本選手の応援もしてほしい。パリ2024オリンピックでは地元のヨーロッパの選手に対する声援がすごかった。東京2025世界陸上は我らがホームグラウンドです。他の国に負けない、それこそ世界最高峰の声援を日本の選手に届けてください!
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text by Moritaka Ohashi
photographs by 椋尾 詩