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デフオリエンテーリング・辻悠佳 | 「失格」から芽生えた競技への情熱。道なき道を走り続ける先駆者に

2024.05.08

オリエンテーリングは地図やコンパスを活用しながら、山野に設置されたコントロール(チェックポイント)を通過し、いかに速くゴールにたどり着けるかを争う競技です。道なき道をどのように進むかを判断し、荒れた土地を駆け抜ける身体能力も求められます。その過酷な競技に日本女子で唯一挑んでいるのが辻悠佳選手です。言わば「先駆者」でもある彼女は、なぜオリエンテーリングの世界に足を踏み入れたのか。競技を始めたきっかけや東京2025デフリンピックへの思いを伺いました。

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辻 悠佳(つじ・ゆか)
1993年兵庫県生まれ。株式会社JTB所属

先天性の難聴。現時点で唯一の女性オリエンティア。
2022年、オリエンテーリングを始めてわずか一年で全日本オリエンテーリング選手権の年齢別クラスで入賞する。ロングW21AS 3位、ミドルW21AS 優勝、スプリントW30A 2位。
登山・トレイルラン・クライミングもやっており、一年を通して山に入っている。
エリートクラス(日本選手権)出場権獲得を目指すとともに、東京2025デフリンピックでのメダル獲得を目指す。

 

もともとは山が嫌い?

――オリエンテーリングを始めたきっかけを教えてください。

もともと登山が趣味で、それを知っていた友人からオリエンテーリングという競技があることを教えてもらったんです。最初は競技のことをあまり知らなかったので「ふ~ん」という感じだったんですけど、少ししてその友人から「全国大会があるみたいだよ」と連絡がきて。全国大会にはクラスが「A」「B」「N」とあって、初心者は普通Nクラスから入るんですけど、私は中級のBクラスで出場しました。ただ、登山と違って、道がないところを進んでいくので大変でした。なんとか完走して他のクラスを見ていたら、エリートのAクラスの選手たちは泥だらけで、傷を負っていたりもしていて・・・。それを見て驚いたと同時に、頑張って走っている姿に「面白そうだな」と思って、この世界に足を踏み入れたという感じです。

――その後も競技を続けようと思ったのはなぜですか?

オリエンテーリングは時間内に完走し、全部のコントロール(チェックポイント)を回らないと、記録が残らない。初めての大会では幸いタイムが残ったんですけど、次に出場した伊豆大島の大会では、全部のコントロールを回れず失格になりました。今までやってきたスポーツでは失格の経験がなかったので、1週間ほど眠れないくらいショックが大きかったんです。なんで失敗したのか。自分なりに研究した結果、経験を積み重ねていくことが大切だと分かり、それ以降、毎週大会に参加するようになったんです。失格をきっかけに、オリエンテーリングへの情熱が生まれたのかなと思います。

失格をきっかけにオリエンテーリングへの
情熱が生まれた

 

――登山はどのようなきっかけで始めたのですか?

もともとは山が嫌いだったんですよ(笑)。学生時代に一度誘われたんですけど、そのとき見せられた写真には高齢者の方ばかりが写っていて・・・。当時は20代で、山登り=高齢者の趣味という印象を持ってしまい、あまり興味を惹かれなかった。ただ、あるとき昼寝をしていたら、突然「山に行きたい」という気持ちが沸き上がったんです(笑)。それを抑えることができず、一度山に登ってみたらすごく気持ちがよかった。低い山で徐々に成功体験を積み重ねて今に至ります。

 

ルートチョイス次第では川を渡るコース、滑落するようなコースも・・・

――オリエンテーリングの練習はどのようにするのですか?

まず基本的な練習は走ることですね。週末は各地で開催されている大会に出場をして、経験を積んでいく。あと地図を見ながら、どうルートを決めていくかをイメージするトレーニングも重要です。実際にどういうルートになるかは当日まで分からないので、大会に出場することで自分のイメージ通りにできるかを確認しています。前の大会の地図もあるので、それを参考にして自分だったらどう進むかを考えるトレーニングもしています。

――オリエンテーリングに求められる要素はどういうものでしょうか?

心・技・体が必要になってきます。「心」はメンタルですね。オリエンテーリングは誰かに付いていく競技ではない。自分自身との戦いになるので、イメージ通りに進めなかったとき、コースから離れてしまい不安になったときも、それに負けない強い気持ちが必要です。「技」に関しては、ルートやコースの選択、地形をどう把握するかが大事になります。「体」はシンプルに体力です。オリエンテーリングは道がないところを走っていく。中には湿地帯、荒れている土地、藪なんかもあります。そこを駆け抜ける瞬発力と体力が求められます。

――危険なことはないのでしょうか?

多少はあります(苦笑)。ただ危ないところにはテープが貼ってあったり、スタッフが監視員として立っているので大丈夫です。ただ、ルートチョイス次第では危険なコースもあって。自分で選んだルートではあるのですが、印象に残っている場所は二つあります。一つは日光の大会で、川を渡っていくというコースがあって・・・。ちょうど梅雨の時期で、水量がすごかったんですよ。膝くらいまで水量があって、そこを渡らなくちゃいけなかった。もう一つは東京の青梅の大会で、小径から尾根に行くときに、上り坂があって、そこを上っていくと滑って川の方に落ちていくような斜面があり・・・。ある意味、滑落に近いようなコースもありましたね(笑)。

険しいコースを乗り越えていくためには
「心・技・体」が必要だという
※ご本人提供

 

オリエンテーリングに必要な装備は!?

――競技中に何を身につけているのでしょうか?

コンパス、地図、Eカード、ディスクリプションの4つですね。Eカードは、「コースを正しく回ってきたこと」や「タイム」を確認するための計時用のカードです。ディスクリプションは、何番のコントロールがどの場所に置かれているのか分かりやすく書かれているものです。地図にも書いてありますが、折り曲げたりするので、競技中に記号が見えなかったりする。ディスクリプションと地図の二つを見ながら進んでいきます。

――道なき道を進むということで、コンパスの重要性も増してくると思います。競技用のコンパスはすごく精密のようですが、どのような違いがあるのでしょうか?

普通のコンパスは針のブレが大きいんですけど、オリエンテーリング専用のコンパスは磁力が強いのですぐに止まるんです。競技用のコンパスはバンドで指にハメます。国内にはオリエンテーリング用品を置いている店が少ないので、そこに行って買うか、インターネットで注文します。大きな大会だと会場に売っているので、そこで買うこともありますね。

道なき道を進んでいくため、
重要なのがコンパスやディスクリプション。
競技中の必須アイテムだ

 

――競技の楽しさと難しさはそれぞれどのようなところでしょうか?

競技中に自分がイメージしたプラン通りに行けたときは楽しいです。真っ直ぐコントロールに行けたということなので、時間も短くなりますし、本当に気持ちが良い。逆に地形をイメージして進んでいても実際には違う場所にいることもあるんです。そこから戻れなくなって失格になることもあるので、そういうところは難しいですね。

――オリエンテーリングはどういう性格の人に向いていると感じますか?

アウトドアや走ることが好きな人には向いていると思います。オリエンテーリングは男性の選手がすごく多いのですが、女性はこうした競技が苦手な傾向にあるんです。体験会に参加しても、「疲れた」「難しかった」という感想が多くて、一回で終わってしまう。男性の方が興味を持って、その後も続くんですよね。

自分がイメージしたプラン通りにゴールできたときに、
競技の楽しさを感じる

 

実力が伴えば、すぐ日本代表になれる

――辻選手がデフリンピックを初めて知ったのはいつごろでしたか?

もともと水泳をやっていたので、デフ水泳の世界に入ったとき、デフリンピックという大会があることは知っていました。水泳で目指す気持ちはなかったんですけど、オリエンテーリングを始めたとき、デフリンピックの競技にもあることを知って・・・。自分の趣味を生かせると思い、出場したいという気持ちが沸き上がりましたね。

――東京2025デフリンピックでオリエンテーリングを観るにあたり、どのようなところに注目すると良いでしょうか?

日本デフオリエンテーリング協会の方々と、どうやってお客さんを楽しませるかをちょうど話し合っている最中なんです。本番はどういう会場になるか分からないのですが、GPSを付けてモニターに位置情報を映し出し、選手の動きやどこにいるかを楽しんでもらう方法も検討されています。

観客をどのように楽しませるか。
オリエンテーリングという競技の課題でもある
※ご本人提供

 

――東京2025デフリンピックでは、ご自身のどういう部分に注目してほしいですか?

オリエンテーリングは経験が浅くても、実力が伴えばすぐ日本代表になれます。自分さえ努力すれば、力がつく競技なんです。オリエンテーリングは、日本国内で認知度がまだまだ低くて、競技人口は2,000人くらいです。デフリンピックを通じてオリエンテーリングという競技を広めたい。自分としては、諦めないで最後まで走り切るところをぜひ見てほしいですね。

――東京2025デフリンピックで楽しみにしていることや期待していることがあったら教えてください。

もともと山登りという趣味から始めたオリエンテーリングです。きこえる方を含めたオリエンテーリングの選手たちやコーチ、自分が住んでいる地域の人など、応援してくださっている方がたくさんいます。そうした期待に応えられる結果を残したいというのが一番望んでいることです。

 

一番好きな山は「南アルプスの貴公子」

――休日はどのように過ごされていることが多いですか?

今は週末にオリエンテーリングの大会に出場しているので、山に登ることができないんですね。土日に山に行くのを諦めている分、連休があったら山に行く生活をしています。他には地域の聴覚障害者協会の活動もしています。

――一番好きな山はどこですか?

南アルプスの甲斐駒ヶ岳ですね。アルプスの中では、槍ヶ岳や穂高岳が有名なので、そちらに興味を持つ人が多いと思うんですけど、甲斐駒ヶ岳は「山の団十郎」「南アルプスの貴公子」という異名もあるように、男らしい山なんです。自分にとっても大きな挑戦になったんですけど、冬山のステップアップとして最初に挑戦した山だったこともあり、印象に残っています。

「一番好きな山」だという甲斐駒ヶ岳にて
※ご本人提供

 

――今までどれくらいの山に登っているのですか?

数は覚えていないんですけど、1年間で山に入る日数はだいたい45日~60日間くらいです。日本百名山は95以上登っていて、あと少しですね。登ったことがないのは北海道にある大雪山や幌尻岳、他に一つか二つくらいです。自分が歩いた軌跡や感想を記した登山レポートみたいなものも作っています。

――山に登ること以外で、ハマっていることがあったら教えてください。

今はオリエンテーリングをやっているので、あまりやっていないのですが、以前はボルダリングを週2~3回やっていました。その前はダイビングですかね。

これまで登った山については
登山レポートに記録している
※ご本人提供

 

山での経験を発信すること

――食事も気をつかっていると思いますが、好きな食べ物はありますか?

お寿司ですね。この間、オリエンテーリングの大会が茨城県の大洗町であったので、市場に寄って魚を買いました。太刀魚を買って、家でさばいて食べたんですけど、その美味しさに本当に感動して(笑)。ただ、あんまり売ってないんですよね。

――自宅でけっこう料理はするんですか?

基本的には自炊します。得意な料理は麻婆豆腐や、アボカドを使ったものですかね。栄養を考えてつくっています。体質的にすぐに太ってしまうんです。だからラーメンやビールは控えています(苦笑)。

――料理以外で、ご自宅でやられていることはありますか?

以前はYouTubeに山での体験をまとめた動画をアップしていたりしました。始めたきっかけとしては、知り合いではなかったんですけど、高齢者のきこえない方が少し前に山で遭難して亡くなったんです。その年代の方は、若いときに十分な学習環境がなかったようで、きこえる人と比べて、知識量が足りなかったそうです。そういう状況を初めて知り、自分も何かできないかと考えたのがきっかけです。動画を撮り、字幕をつけてアップし、きこえない方々の知識的な啓発になればいいなと思って始めた感じです。

YouTubeで発信することの意義について語る

 

かつての山仲間もデフリンピック出場を目指す

――手話についての動画もアップされていますね。

手話を始めたばかりの人は、動画ではどうしても字幕を見てしまい、なかなか覚えられないという悩みを前から聞いていたんです。それで考えた結果、字幕をなしにした状態で最初は手話だけを見せるようにして、その後同じ動画を字幕付きで載せることにしました。その方法でやると読み取る力が上がるという声をいただいたので、2種類の動画をアップするようにしています。

――手話の動画を作るきっかけとなる出来事は何かあったんですか?

手話サークルに参加していて、きこえる人はそのサークル以外できこえない人と交流する機会がほとんどないということを知りました。サークルに参加しているのはきこえる人で、昼の部は定年退職した方や主婦の方が集まり、夜の部は仕事をしている方や学生が中心です。そのサークルで手話を勉強する場がないという意見があったんです。身近で手話に触れてもらう目的で、自分でそうした動画をつくろうと思って始めたのがきっかけです。

――ご自身以外で、競技問わずおすすめの選手を紹介するならどなたですか?

デフ自転車のマウンテンバイクをやっている北島湊選手ですね。元々は同じ山仲間だったんです。ろう者のイベントがあって、そこで出会ったんですよね。そのとき私はまだ山登りを始めたばかりで、「一緒に行こう」と話をして、槍ヶ岳に登りました。そこから交流が始まったんですけど、あるとき彼女に「自転車に集中するから今後は山には行けない」と言われました。その後、彼女は腕を磨いて、大会でもきちんと結果を残している。今も連絡を取り合っていて、彼女もデフリンピックに出場することを目指しています。

もともと同じ山仲間だった北島選手も
デフリンピック出場を目指している
※ご本人提供

 

――最後に東京2025デフリンピックを楽しみにしている読者の皆さんへメッセージをお願いします!

初めて日本で開催されるデフリンピックなので、海外の方にも日本の美しい風景や良い所をたくさん観てもらえる機会だと思います。そこで行われる競技も多くの方に観ていただきたいですし、自分自身も皆さんの記憶に残るパフォーマンスを発揮できるように頑張りたいです!

Instagram:yuca_yama

《日本デフオリエンテーリング協会》
Instagram:jdoanesw

text by Moritaka Ohashi
photographs by 椋尾 詩

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