髙橋 渚(たかはし・なぎさ)
2000年東京都生まれ。女子走高跳(1m88cm|日本歴代8位 ※2024年5月時点)
東京高校、日本大学卒。メイスンワーク株式会社から2024年1月にセンコー株式会社へ所属。
2022年の日本陸上競技選手権での初優勝を皮切りに、翌2023年の同大会を連覇。一躍、国内の女子走高跳をリードする存在へ。2024年には心機一転、センコーへ移籍。2月には連続して自己ベストを更新し、日本歴代8位へと躍り出る。5月にはさらに記録を更新し、1m88cmを跳ぶ。
20年の歴史を塗り替えうる存在として、期待の高まる若きハイジャンパー。
「人生で一番良い選択」
――走高跳を始めたきっかけを教えてください。
中学生のころに体育の授業で走高跳をやったことがあって、他の人よりもけっこう跳べたんですね。体育の先生が陸上部の顧問だったので、それで「試合に出てくれないか」と頼まれたんです。当時はバドミントン部だったのですが、地区大会に出てみたら優勝してしまい・・・(笑)。自分でもびっくりだったんですが、なんとその先の都大会でも優勝できたんです! それで、本格的に始めてみようと思ったのがきっかけです。
――高校では元日本記録保持者の醍醐直幸さんに指導を受けています。一番学んだのはどのようなことでしょうか?
陸上に対する向き合い方ですね。それまでは本気で物事に熱中したことがなくて、陸上にも軽い気持ちで入ってしまったんです。『本気でやる』っていうことが、正直あまり分かっていなくて・・・。
ただ、醍醐先生は常に「インターハイで優勝しよう」という思いでやっていました。私に、本気でやることとは何なのかをみっちり教えてくれたんです。初心者で何もできない私を、常に正しい道に導いてくれたので、すごくありがたかったですね。
――本格的に競技を始めてからの成長スピードは凄まじいですが、ご自身ではどのように感じていますか?
まず、初心者のときに醍醐先生に教われたのが最高だったんだなって。基礎をしっかりつくってもらえました。癖があると直すのって難しいですよね。真っ白な状態から、醍醐先生の走高跳をつくり上げてもらえた。それを土台に、体のベースが上がってきたのと同時に記録も伸びていったんだと思います。
――高校の選択も良かったですね。
そうなんですよ。今までの人生で一番良い選択をしたと思っています!
見えてきた大台。もっと強くなるために
――2月に1m86cm、1m87cmと短い期間で、自己ベストを更新しました。どういう部分が良かったと感じていますか?
昨シーズンから、自分のリズムやタイミングが噛み合い本来の跳躍ができれば、「1m88cmは跳べる」とずっと言い続けてきました。それが、やっと形になりました。今シーズン最初からこの記録が出たことは、昨シーズンに得られた感覚は間違っていなかったんだと確認できましたね。自分のリズムやタイミングで跳べれば、「これくらいの記録は出せるんだ」と自信につながっています。
――嚙み合わせるためにどのようなトレーニングをされたのですか?
冬はベースアップの時期で、走り込みやウエイトトレーニングで体づくりをしていました。まだ完全に嚙み合ったとは思っていないんです。それでも跳べたのは体のベースが上がったからだと思うので、国内のシーズン開始に向けて細かい修正をしていくつもりです。積み重ねてきたものがこうして記録につながって、1m90cmに挑戦できるところに来たのが今とても楽しいですね。
――日本記録は1m96cmで20年以上、更新されていません。目標とする記録でもあると思いますが、どういう部分を改善していく必要があると考えていますか?
本当にすごい記録なんですよね。「絶対に更新します」と言えないほどの記録なのですが、いつか挑戦できるように段階を踏んで成長して、3年後くらいには「目指している」と言えるようになっていたいです。そのために必要なことは・・・全部ですね(笑)。飛田奈緒美コーチからは「男子選手と一緒に戦えるくらいのパワーがないとそのレベルにはいけない」と言われているんです。今、東海大学に拠点を移して練習しているのも、男子選手に混ざって練習する環境をつくるために選択しました。自分が強くなるためには、自分とだけ戦っていても難しい。2mを跳ぶ男子選手と一緒に戦いながら、彼らに追いつくことを目標にやっています。
――なかなか自分だけとの戦いでは難しいですよね。
限界はありますよね・・・。だから今、海外の大会にも挑戦していますが、それがすっごく楽しいんです!1m80cmを跳ぶのは当たり前の世界。高いレベルで競い合う環境に身を置くのは必要なことなんだって感じています。
『最古の記録更新』=1cmの積み重ね
――海外の大会に出場して、印象に残っていることは何かありますか?
けっこうみんなフレンドリーなんですよ。海外の選手って跳んで戻ってくると、「今のすごく良いジャンプだったよ」「今のジャンプは惜しかったね」と声をかけてくれるんです。ブダペスト2023世界陸上で銅メダルを獲得したオーストラリアのニコラ・オリスラガース選手も、私がアジアから一人で来ているのを見て、「来てくれてありがとう」って握手を求めてきて・・・。強い人の器の大きさを感じました。
――女子の他種目では記録が続々と更新されていますが、意識することはありますか?
本当にすごいなと思って見ています・・・。三段跳の森本麻里子さんや、走幅跳の秦澄美鈴さんだったり。どうしても焦りみたいなものは出てきちゃうときもあるんですね。でも、コーチは「彼女たちと同じキャリアを積んでいったときに、渚がそうなれればいいんだよ」と言ってくれます。数年後に走高跳の記録が更新されれば一気にスポットライトが当たるし、「そうできるように今を積み重ねようね」と。『最古の記録を更新!』ってカッコいいですよね‼
――記録と向き合うことは精神的に大変な部分もあるかもしれません。日々、ご自身とはどのように向き合っていますか?
記録をすごく意識しているわけではなく、試合で出てきた課題を次の試合に向けて克服しているという感じなんです。社会人になってから、そうした意識で試合に臨めるようになって。それがすごく楽しいです。気づいたらここまで跳べるようになって、今では1m90cmを狙えるところまで来ています。いきなり大きな目標に向かうのではなく、きちんと1cmずつを積み重ねて。おかげでジャンプも安定もしていると思いますし、それが自分の強みでもあります。
――お話を聞いていると、課題に向き合うことを楽しんでいるように感じられます。
コーチのおかげですね。「記録のことで頭がいっぱいになると気持ちがぶれる。それで自分を窮屈にしてしまう。だから、楽しんで挑戦してほしい」と、コーチから言われているんです。コーチ自身もそういう選手で、常に課題と向き合い、それを克服したら楽しくなったそうなんですね。だから私にも同じ考え方を持てるように指導してくれています。課題を理解するまで粘り強く言ってくれる。絶対に意識しますよね。気づいたら、その流れに乗っていました(笑)。
「私なんて」から『私も出たい』へ
――今年はパリ2024オリンピックが開催され、来年は東京2025世界陸上が行われます。ご自身が考える将来のロードマップはありますか?
東京2025世界陸上の開催が決まってから、この大会には絶対に出たいと思っていました。ランキング制になったので、ポイントを獲得しないとオリンピックや世界陸上には出場できない。海外の大会を転戦したり、ポイントを調べるようになって、その差をリアルに見つめるようになりましたね。
今年は将来に向けての挑戦の年にしようと思っていたのですが、気づいたらランキングも30番台にいて・・・。これは、パリも狙えるんじゃないかと。オリンピックに出場できたら、その次はもう一段違う戦いができる。パリで経験を積み、東京2025世界陸上で決勝に残れるようになりたい・・・ですね。そのときは1m90cmを安定して跳べるようになっていると思うし、2026年に愛知で行われるアジア競技大会では日本記録を狙えるまでになりたいですね。
――世界陸上はご自身にとってどのような場所・舞台だと感じますか?
私と同い年で出場している選手もたくさんいますよね。以前は「私なんて」と思っていましたが、ランキングを見るようになってからは、それが『私も出たい』に変わりました。出場できたら、また一つ変われるんだろうなと思うし、挑戦できていることにワクワクするんです。
――東京2025世界陸上で楽しみにしていることや期待していることがあったら教えてください。
多くの人に観てもらえるでしょうし、そのとき女子走高跳に日本人選手が出ていないのはつまらない。だから、絶対に出場したいです! まだ実際に経験がしたことがないので、どういう舞台かイメージするのが難しい部分はあります。でも、そのすごさを実感できることを今から楽しみにしています。
「時空系」が好きなんです
――ここからはプライベートな部分を伺わせてください。休日はどのように過ごされていますか?
一日オフがあったら・・・自然に触れたいですね。海や川に行ったり、秋には紅葉を見に行ったり。常に張りつめているので、試合後のオフは自然豊かな場所に行くようにしているんです。最近では箱根に行きましたね。家でじっとしていても休んだ気にならないんですよね・・・。自然に触れて癒されて、やっと「また頑張ろう」って思える。
――長期の休みがあったらどこに行きたいですか?
遠くに行きたい! 昨年はシーズン終了後にハワイに行ったんですよ。そういう楽しみも社会人になったらいいのかなって(笑)。
――反対に家にいるときは何をしていますか?
そうですね・・・あ、最近は昔のドラマが気になってますね。『マザー・ゲーム』や『ROOKIES』を観ちゃいました。なんでそこ?って聞かれたらちょっと困っちゃいますが(笑)。でも、好きなのは時間を遡ったり、選択を変えたりするような「時空系」ですね。
――最近だと『不適切にもほどがある!』とか?
そうそう! そういうドラマが好きですねー。
――好きな俳優さんはいらっしゃいますか?
以前は山﨑賢人さんが出ていたドラマをよく観ていましたね。高校生のころに観た『好きな人がいること』がすっごく良くて! 最近はあまりリアルタイムでドラマを観る時間がなくなってしまったので、サブスクで昔のドラマを観ている感じですね。
――最近ハマっていることがあったら教えてください。
カフェに行くことですかね。練習や治療の帰りに、その沿線で降りて、おしゃれなところを探すんですよ。そこを目的に行くっていうより、ふらっと入る感じで。これが良い感じに楽しいんです。友達と行くときはずーっとおしゃべりしていますし、一人のときは一人のときで黙々と競技の日誌を書いたり、音楽を聴いたりしています。
注目を浴びること。応援してもらえる選手になること。
――髙橋選手が一躍注目を集めたのは、27時間テレビ内の企画『さんまのラブメイト』で名前が挙がったことかと思います。それを聞いたときの率直な感想は?
びっくりしました! マネージャーさんから連絡が来て「えっ?」って(笑)。友人や知り合いからも会うたびに「さんまさんに選ばれたね」って。見てくれた人が検索したのか、SNSのフォロワーもすごく増えましたね。とてもありがたいです。
――注目を浴びることに対してはどのように捉えていますか?
取り上げていただけるのは嬉しいですよね。「その分、頑張らなきゃ」と考えられるようになりました。昔は本当に自信がなくて・・・。変に「調子に乗っている」と思われるのも嫌でしたし。でも、知ってくれた人たちを後悔させない結果を出していきたいって、今は強く思っています。
前に日本選手権に出場したとき、ファンの方との交流会に呼んでもらって、黒川和樹さんと一緒に出たんですね。そのとき、私のことはたぶん知らないのに、皆さん「サインください」って言ってくれて・・・。将来、「この人にあのときサインもらったんだ」って思ってもらえるような選手になりたい。どういう入口でも知ってもらうことはとても大事ですし、応援してもらえる選手であり続けたいですね。
――ご自身以外で、おすすめの選手を紹介するならどなたですか?
私は福部真子さんのことがすごく好きで(笑)。100mハードルで日本記録も持っているすごい方で、合宿で初めてお会いして以来、試合で会ったりすると少しずつお話しができる関係になれたんです。私の試合の結果を見て「1cmずつ積み上げていることを尊敬している」「私も刺激をもらっている」とSNSで反応してくれて、本当に本当に嬉しかったです。福部さんの競技との向き合い方や、気持ちの強さも憧れますね。大学生のときに初めてお会いしたのですが、トップ選手なのにみんなに優しい。本当に憧れで大好きな選手です!
人生を動かしてくれた二人とともに
――ご自身の性格はどのように分析していますか?
けっこう一つのことに集中するタイプですね。完璧主義者なのかな? そのせいなのか「冷たい」と言われることがあるんですよね・・・(苦笑)。あまり反応が良くないからかなぁ。
――いえいえ、話し方もソフトですし、あまり冷たさを感じないのですが(笑)。
それならいいんですけど(笑)。たぶん言葉がパツンと終わるから、冷たいと思われるのかも。あと思っていることをはっきり言っちゃったり。逆に、言わなかったり。言わないことに対して「冷たいな」って自分でも思うときがあるかも。そういうところも含めてネガティブな性格かもしれないですね。ただ、競技に対してはポジティブに考えられるようになりましたね。
――意外ですね。ご自身が一番影響を受けた人はどなたですか?
醍醐先生と、その奥様の飛田コーチですね。お二人と出会っていなければ、もう陸上をやっていないと思います。一つのことに向かって頑張る気持ちを教えてもらいましたし、私の人生を前に進めてくれた、とても大きな存在です。
醍醐先生は言葉に重みがあって、深いところで話をしている。だから私も先生と出会ってから、すごく考えて話すようになりました。怒られているときに、何か浅いことを言うと、「上っ面な言葉でしゃべるな」と言われるので(笑)。本当に先の先のことまで考えていて、勉強になります。
飛田コーチとは逆に何でも話せる友達みたいな感じです。指導を受け始める前に「嘘があったら一緒にはできないよ」って言われたんです。陸上だけじゃなくて全てのことで。だからこそ、友達みたいな感じでいられるんだなと思います。コーチとはカフェや食事にも行ったりするんですよ。何でも話せますし、私が言語化できないことも汲み取って、言葉にしてくれる。そこも含めて尊敬しています。
――最後に東京2025世界陸上を楽しみにしている読者の皆さんへメッセージをお願いします!
走高跳に日本人選手が出ていないと興味を持ってもらえないかもしれないので、とにかく私が出場して、私を応援したいと思って観に来てくださる人が、一人でも増えてくれたらいいなと思っています。その中で走高跳の面白さを感じてもらえたら嬉しいですね。まずは私もその舞台にしっかり立てるように頑張りたいと思います! 応援よろしくお願いします!
《センコースポーツ》
Web:https://www.senko.co.jp/track_field/
text by Moritaka Ohashi
photographs by 椋尾 詩