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デフ陸上・岡田海緒|狙うは大学時代の自分を超えて手にする金メダル

2024.05.02

3つの日本記録を持ち、女子デフ陸上を牽引する岡田海緒選手。カシアス・ド・スル2022デフリンピックでは1500mで銅メダルに輝きながらも、本命の800mでは新型コロナウイルスの影響による日本選手団の途中棄権のため、走ることが叶いませんでした。3年越しのスタートラインに立つことを目指す彼女に、これまでの陸上人生を振り返りながら2025年への想いをうかがいました。

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岡田 海緒(おかだ・みお)
1997年東京都生まれ。デフ陸上 女子800m・1500m・1マイル日本記録保持者

東京都立中央ろう学校、日本女子体育大学卒。三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社所属。
生まれつき耳がきこえず、高校までろう学校に通う。幼いころから走るのが好きで、高校で陸上部に入部し、本格的に陸上を始める。デフリンピックは初出場したサムスン2017大会で800m6位、1500m7位に入賞。2回目の出場となった前回のカシアス・ド・スル2022大会では1500mで3位に輝き念願のメダルを手にする。女子デフ陸上をリードする存在で、東京2025デフリンピックでの活躍が期待される。

 

走ることと「家族」の存在

――陸上を始めたきっかけを教えてください。

小さいときから体を動かすのが大好きで、いろんなスポーツをやっていました。その中でも走ることがとにかく好きでした。父にデフ陸上チームの練習によく連れて行ってもらい選手が走る様子を間近で見ていたので、自然と陸上に興味を持つようになったんです。

――本格的に陸上を始めたのはいつですか?

高校からですね。中学では陸上部がなかったのでバレーボールをしていました。やっぱり走ることが好きだったので、高校で本格的に始められたときは、とても嬉しかったです。

走ることが好き!

――種目は800m、1500mですね。どのようにして決めたのでしょうか?

短距離に必要な瞬発力はあまりなくて、長距離に必要な持久力もあまり・・・。なので、その間の中距離が自分で合っているのかなと思って選びました。短距離は10数秒で終わってしまうけれど、800mはトラックを2周するので応援してくれる人にも長く見てもらえますしね(笑)。

――中距離は特にハードだとききますが?

・・・やばいですよ、本当に(笑)。1500mの場合はリズムで走れますが、800mはスピード勝負なので体力的に本当にきついです。練習でもみんな酸欠になって、フラフラになりながら走ることもあります。命を削りながら走っている感じがしますし、たまにきつ過ぎて、“どうしてやっているんだろう”と思うこともあります(笑)。

――陸上を続けている原動力は?

家族かな。家族が支えてくれているので、頑張ろうと思えるんです。以前は、支えてくれるのが当たり前のように思ってしまっていたのですが、今では本当にありがたいことなんだと実感しています。家族もですが、応援してくれる方たちの存在はすごく大きいですよね。その応援にこたえたいという想いが、頑張る原動力になっています。

 

もっと追ってこい!

――現在、三菱UFJリサーチ&コンサルティングに所属していますが、仕事と練習のスケジュールはどのようになっているのでしょうか?

基本的には午前は仕事をして、午後に練習をしています。合宿や試合があるときには競技を優先させていただいていて。会社には本当に感謝していますね。

――日ごろの練習はどのようにしているのでしょうか?

基本的に母校の日本女子体育大学でしています。卒業後に大学から離れて一人で練習していたこともありました。でも、やはりコーチがいないとフィードバックがなく自分の悪いところに気づかないことが多くて。最近は母校に戻って、大学時代からのコーチに見ていただくようにしたんです。練習は週に6日。練習の量や強度を調整しながら、疲れが溜まらないようにしています。長いときは一日練習で午前と午後にそれぞれ2時間程度するときもあれば、ジョギングやストレッチだけで終わる日もあります。

――レース中はどのようなことを意識しているのでしょうか?

きこえる選手の場合、他の選手の足音や息遣いなどの「音」から情報を得て、レースの戦略を立てています。それに対してデフの選手は、目で情報をつかんでいく必要があります。前の選手に対しては、腕の振りを見てペースが落ちているかどうかを判断します。ただ、後ろにいる選手は目で見ない限り確認のしようが無いですよね。そのときは、追ってくる選手の「影」を見るんです。そこで後続の位置やペースを把握します。トラックにスクリーンがあるときは、それを見て全体の状況を確認していますね。ただ、レースの状況を把握するのももちろん大事ですが、基本的には自分のリズムで走ることを意識して、それに集中するようにしています。

――現在、800mと1500mの日本デフ記録保持者ですが、追われる立場についてどう思いますか?

記録を持っていることに対しては、プレッシャーというよりも嬉しいという気持ちが大きいですね。追われるのはワクワクします。競い合う相手がいた方が燃えるので! お互いに高め合えることで自分の記録がもっと伸びるような感じがするんです。だから、“もっと追ってこい” ですね。

――岡田さんが得意とするレース展開はありますか?

どうだろう・・・。私の場合は、後ろから追いかけるほうが得意ですね。その方がある程度余裕を持って走れるし、前を見られるので。ただ、銅メダルを取れたカシアス・ド・スル2022デフリンピックの1500mでは自分が前にいたので、ちょっと予想していた展開と違うなと思いながら走っていました。それでも結果を出せたのは嬉しかったですが、改善できる要素はまだあるなと感じられたレースでしたね。

 

世界で戦える自信と、約束

――初の国際大会は2016年ブルガリアで行われた世界デフ陸上。どのようなことを感じましたか?

何もかもびっくりというか・・・。選手たちの体格がまず違って、とにかく大きいんですね。背が高くて足も長くて、走りも圧倒的な差があって。結果を出せなかったこともですが、そうした現実、世界との差を見せつけられてショックを受けたのを覚えています。

――その大会の翌年には、デフリンピック初出場となるサムスン2017大会がありました。そのときの心境を教えてください。

大会の前までしっかり練習ができて自己ベストも出せていたので、「これならいけるかも」という手応えがあったんです。でも・・・本番では実力を出しきれず、前年の世界デフ陸上と同じような結果になってしまいました。初めて出場したデフリンピックでしたが、大会の盛り上がりを感じられましたし、選手たちが生き生きしていましたね。その中で、力を発揮できなかった自分が情けなくて・・・。日本選手の中にも活躍している選手がたくさんいるのに、私はメダルを取れなくて「何をしているんだろう」という気持ちでしたね。だから「次のデフリンピックでは絶対メダルを取ろう」と、同じデフ陸上でそれまでも一緒に戦ってきた山田真樹選手と約束をしたんです。なかなか望むような結果が出せませんでしたが、サムスンから2年後、2019年に行われた世界ろう者室内陸上競技選手権の1500mで銅メダルを取れたんです。そこでようやく、世界の舞台で戦える自信がつきましたね。

――メダル獲得を約束したカシアス・ド・スル2022デフリンピックでは1500mで見事に銅メダルを取りました。そのときはどんな気持ちでしたか?

ゴールしたときは嬉しさ半分、悔しさ半分というか・・・。1位とのタイム差が2秒ぐらいだったので、あと一歩のところで自分の弱さが出てしまったなという思いで、悔しさもあって。そういう意味で嬉しかったけれど、複雑な気持ちが少しありました。約束をした真樹さんはこのときは残念ながらメダルを取れなかったので、次の東京では一緒にメダルを取ろうという約束をまたしたんです。

――本命の800mが明日、というタイミングで辞退が決まり帰国することになってしまいました。

日本選手団の中で新型コロナウイルスに感染した人が増えていたので、1500mの試合の前日に、状況によっては競技に参加できなくなる可能性があるという説明が本部からありました。もしかすると1500mしか走ることができないかもしれないという状況だったので、とにかくレースに集中した結果、メダルを取ることができました。
ただ・・・やっぱり800mは本命の種目で、金メダルを目指して頑張ってきた非常に重要なレースでした。そのために費やしてきた過程を考えても、当時の悔しさはかなり大きなものでしたし、やるせなかったですね。

嬉しさと悔しさが入り交じったカシアス・ド・スル
提供:一般社団法人日本デフ陸上競技協会

 

自分らしく輝ける舞台

――デフリンピックが2025年に東京で開催されます。岡田さんにとってデフリンピックとは?

自分が自分らしくいられる場所、ですね。デフリンピックはろう者のスポーツの祭典なので、スタートランプや手話通訳など、競技をするうえでの環境が整えられています。自分の力を充分に発揮できる舞台であり、自分の世界が広がる場所だと思っています。

――自分の世界が広がるというのは?

デフリンピックでは他の国の選手との交流を深めることができます。国際交流で使われる手話のひとつの『国際手話』で海外の選手と話したり、自分にとっての当たり前が当たり前でないことに気づいたり。こういった交流を通じてそれぞれの国の手話を知ることも楽しいんですよね。本当に自分の世界が広がりましたし、東京ではどんな出会いがあるのか。どんな新しい世界を見られるのか。選手としても一人の人間としても、そんな思いでワクワクして待ち遠しいのが、私にとっての「デフリンピック」です。

――デフリンピックが東京で行われることについてどのように思いますか?

とても、大事な大会です。生まれ育った東京で開催されるので。デフリンピックはなかなか見てもらえる機会がないですよね。今までのトルコやブラジルは遠いので応援に行くのは難しいですが、東京なら見てもらいやすい。家族や友達、関係者、お世話になった人たちはもちろんですが、たくさんの方々にぜひ見ていただきたいです。レース中、トラックからどんな景色が見えるんだろう・・・。満員の観客の皆さんが、一緒になってデフリンピックを楽しんでくれている姿が見られたらいいな。

――デフリンピックが東京で開催されることで期待することはありますか?

デフスポーツが広がり、ろう者への理解が広まることです。ろう者が出場するのはパラリンピックだと思っている人もまだ多いですが、パラリンピックとは別にデフリンピックがあることを多くの人に知ってほしい。デフならではのスタートの方法、例えばスタートにランプを使ったり、旗を振ったり。競技の特性に応じたシステムや手話通訳がつくことなど、デフスポーツへの興味が広がればいいですね。また、ろう者のコミュニケーションの方法は人さまざまで、手話を使う人もいれば使わない人もいるし、筆談、自分の声、音声変換アプリなどいろいろな手段があることも知ってほしいです。デフリンピックが、皆さんにも「新しい世界が広がる」きっかけになってくれたら嬉しいですよね。

――東京2025デフリンピックの目標を教えてください。

デフリンピックでは良いパフォーマンスをお見せしたいです。良い色のメダルを取りたいですし、自己ベストも更新して日本新記録を出したい。日本記録は大学4年のときに出したので、4年以上も更新できていません。まずは7月の台湾での世界デフ陸上でベストタイムを出してメダルを取って、2025年へ弾みをつけたいです。そのためにも、練習あるのみ!

――ライバルはいますか?

誰だろう・・・・・・いない、かも(笑)。自分に勝ちたいですね。

 

ストイックで面倒見がよく、面白い人?

――ここからは岡田さんのパーソナルな部分を教えてください。岡田さんは周りの人にどんな人だと思われているのでしょうか?

友達に“私ってどんな人?”ってきいてみたら、ストイック、周りをよく見ていて面倒見がいい、面白い人・・・って返ってきました。自覚はないですね(笑)。自分ではどちらかと言えば大雑把だと思っていますね。もちろん競技においては別ですが、普段は完璧にやるよりも80%ぐらいできればいいじゃんみたいな感じですね。

――練習のない日はどんなふうに過ごしていますか?

ほとんど何もしないです(笑)。最近は温泉に行くことが多くて、近場では秋川渓谷にある瀬音の湯がお気に入りです。自然に癒されてのんびりとリラックスできるのがいいですね。以前は買い物や遊びに行くことが多かったのですが、最近はリラックスを求めています。ドライブするのも好きですよ。

――犬を飼っているそうですね。

元々動物が好きで、犬が欲しいなと思って飼い始めました。ウィペットという犬種で、走るのがとても速いんですよ。私よりも速くて、50m~60mを4秒で走ります。今は2匹とも人間でいうと80歳くらいと高齢なので、家でのんびりと過ごしています。名前はラブとテラ。テラはラテン語で地球という意味です。ラブは腰のあたりにハートの模様があったのでそこから付けました。とっても可愛いです!

手話でのお話にも慣れている愛犬たち
※ご本人提供

――好きな俳優さんは?

男性は難しいな・・・たくさんいて(笑)。最近では吉田鋼太郎さん!見ていて面白いんです、表情が豊かなので。そこがポイントですね。
女性では二階堂ふみさん、土屋太鳳さん。お二人は可愛くて演技力があるところが好き。土屋さんは大学の先輩にあたるんですよ。まだ会ったことがないので、いつか会えたら嬉しいなぁ。

――好きなアスリートはいますか?

小さいときから憧れているのは、アリソン・フェリックス選手です。オリンピックで女子史上最多の11個のメダルを獲得している選手で、出産を経験した後にもオリンピックに出場しています。2022年に引退されましたが、アスリートとしても女性としても尊敬しています!
野球の陽岱鋼選手は日ハム時代からずーっとファンでした。プレーがかっこよくて好きです。イケメンですし(笑)。ワイルド系ではラグビーのリーチ・マイケル選手もファンですね。

――おすすめの選手を紹介するならどなたですか?

3人いるんです!一人はデフアスリートの同期で同い年の宮坂七海さん。大学4年のときに教育実習で一緒になったときに仲良くなりました。ろう者ですが、クレー射撃でオリンピックを目指していて、聴者の世界でも結果を出している、すごい選手です! ぜひ皆さんに知ってほしいですし、注目してほしいですね。
二人めは大学の先輩の森本麻里子さん。本当は「麻里子様」と言いたいくらい尊敬しています! 三段跳で日本記録を持っているすごい方で、活躍を見ていると私もとても勇気づけられますし、もっと頑張ろうっていう気持ちにさせてくれます。森本さんはメンタルがとても強いんですよ。三段跳は予選から決勝にかけて6回の跳躍が行われます。途中で他の選手に記録を越されてしまっても、しっかりその記録を上回る。そのメンタルの強さは本当に尊敬しています。

リスペクトが止まらない麻里子様と
※ご本人提供

――最後のお一人は?

3000m障害物の塩尻和也さんです。大学時代から推しで、走っているときもかっこいいですが、走り終わった後に穏やかな雰囲気になるところが・・・かわいい!(笑) そのギャップがいいんですよー。雲の上の存在なので、遠くから見守っていられればと思っていたのですが、1年前の合宿でたまたまお会いすることができて。そこで初めてしっかりお話ができたんです。塩尻さんのサインネームを考えたり、ここぞとばかりに質問攻めにしたので、少し引いていたかもしれないです(笑)。
そこでものすごく幸せなことがあったのですが・・・。ちょうどその日は私の誕生日だったんです。ダメもとで、手話で「誕生日おめでとう」と言ってくださいとお願いしたら、なんと快くやってくれたんです!! 過去最高の誕生日になりました。あれ以上の誕生日は多分もうないです(笑)。

――それは素敵な誕生日でしたね(笑)。好きな言葉や大切にしている言葉はありますか?

子供のころからずっと父に言われている「信は力なり」ですね。自分を信じることが力に変わる。試合前や嫌なことがあったときに、この言葉を思い出すんです。本当はできないかもしれないけど、“自分はできる”と信じるんです。思い込み効果は本当にあって、信じることが力に変わってくる感覚がありますね。
言葉ではないですが、自分の名前も好きです。「海」という字が入っているのがお気に入りで、将来は海の近くに住めたらなぁなんて思ったりもします。

――最後に東京2025デフリンピックを楽しみにしている読者の皆さんへメッセージをお願いします!

デフリンピックは4年に1回のイベントで、100年の歴史で初めて日本で、しかも東京で行われます。こうした機会は一生の中でなかなかないので、ぜひ試合会場に来て、ライブでデフスポーツの魅力を感じていただけたら嬉しいです!

X:@sea0812mio
Instagram:sea0812mio

text by 木村 理恵子
photographs by 椋尾 詩

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