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陸上競技・森本麻里子 | 未完成の三段跳を追い求めて「昨日の自分より1%良くなる」

2024.09.25

今夏に行われたパリ2024オリンピックで、三段跳の森本麻里子選手は歴史的な一歩を刻みました。日本の女子選手として、同種目に出場したのは初のこと。三段跳はアムステルダム1928大会で織田幹雄さんが「日本人初のオリンピック金メダリスト」となった種目で、その後も1932年、1936年と連続で日本選手が金メダルを獲得したこともあり、かつては「日本のお家芸」と呼ばれていました。しかし、女子選手はこれまで世界の厚い壁に阻まれ、オリンピック出場はなし。その閉ざされた扉をこじ開けたのが森本選手です。そんな彼女に日々意識していることや、東京2025世界陸上への思いなどを伺いました。

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森本 麻里子(もりもと・まりこ)
1995年大阪府生まれ。女子三段跳 日本記録保持者(14m16)

太成学院大学高校、日本女子体育大学卒。内田建設株式会社を経て、2024年2月より株式会社オリエントコーポレーションに入社。
ジュニア年代から跳躍種目で全国大会に出場。大学進学後に三段跳に専心し、3年次の2015年には日本学生対校選手権で12m58を跳んで2位入賞。大学卒業後はボブスレー選手としても活動し、2019年には国際大会に出場するなど、冬季オリンピック出場にも意欲を見せた。
2019年に日本選手権で初優勝を飾ると、2024年に至るまで前人未踏の大会6連覇中。2023年大会では14m16を跳び、24年ぶりに日本新記録を更新した。
2024年、女子三段跳で日本選手初のオリンピック出場を果たす。名実ともに、同種目の世界への道を切り拓く存在。

 

「日本のお家芸」復活へ

――先日のパリ2024オリンピックは、ご自身にとってどのような大会になりましたか?

私にとってキャリアのハイライトになる大会でした。ここ数年、オリンピック出場に向けて懸命に努力した結果だと思います。春先にケガをした影響もあり、基盤をなかなかつくり上げられない中で急ピッチに仕上げた状態だったので、それを考えると自分でやれることはできたと感じています。

――三段跳では日本女子選手として初のオリンピック出場でした。織田幹雄さんが96年前に切り開いた道からついに成し遂げた偉大な一歩でしたが、どのような思いで臨んでいたのでしょうか?

自分自身のトレーニングにフォーカスしていたので、私が日本の女子選手として初めてこの種目に出場することは、正直あまり意識していなかったんです。でも、私自身も三段跳を日本のお家芸として復活させたいとずっと思っていました。誰かがその一歩を踏み出さないといけないし、私の下の世代の選手たちに「オリンピックに出られるんだ」と思ってもらえれば嬉しいですね。

――オリンピックで印象に残った出来事はありますか?

競技場から選手村に帰るバスを待っていたとき、後ろにいたカナダの選手から「国旗のピンバッジを交換しない?」と話しかけられて。交換したんですけど、その選手が女子ハンマー投でなんと金メダルを取ったんですよ(カムリン・ロジャーズ選手)。本当にすごい選手がすぐ近くにいて、貴重な体験でしたね。あとは個人的に、森長正樹コーチと朝ご飯をほぼ毎日一緒に食べていたんですけど、コーチが毎日バゲットとマンゴーを食べていたのが面白かったです。偏食だなって(笑)。

日本の女子選手として初めてオリンピックに出場。
歴史的な一歩を刻んだ
※ご本人提供

 

助走をコントロールして跳ぶ技術が大事

――これまでのキャリアの話を聞かせてください。陸上競技を始めたきっかけは何だったのですか?

一つ上の兄がいるんですけど、小学生のときに市の陸上競技大会があって、そこで兄が走幅跳で銀メダルを取ったんです。それを見て「私もメダル欲しいねんけど」みたいな感じで、陸上競技を始めました。

――ジュニア時代から跳躍種目をやっていて、高校では走幅跳でインターハイ2位になっています。なぜ三段跳に専念することになったのでしょうか?

大学1年のときに走幅跳の記録が伸びずに悩んでいて、そのときに大学の先生が勧めてくれたことがきっかけです。大学時代は両方の種目をやっていましたが、専念するようになったのはシンプルに三段跳の結果が良かったからですね。

大学生までは走幅跳と両立。
結果が出てきたこともあり、三段跳に専念するように

――ご自身のどういう特長が三段跳に向いていると考えますか?

日本人の中では身長が高い方ですし、手足の長さが向いていると思います。ただ海外選手は私よりも身長が高くて、手足も長い人が多い。もちろん身長が高ければ、体をコントロールする力もより必要になってきます。世界記録(15m74)を持っているユリマル・ロハス選手(ベネズエラ)は1m90cm以上あるので、元々のベースが違いますね。

――そういう身体的な差がある中で、それをどのようにして埋めていこうと考えていますか?

三段跳は技術種目なので、スキルと助走スピードを磨けば、自分が持っているものを生かせると考えています。私はドイツでトレーニングしていて、同じチームに1m87cmくらいの選手がいるんですね。助走のスプリントも彼女の方が早いんですけど、それだけで跳べるわけではない。助走をいかにコントロールして跳ぶかという技術が大事になってくるので、そこがうまく噛み合えば、もっと記録は伸びてくると思います。

助走をいかにコントロールして跳ぶか。
身体能力が高くても技術がなければ遠くまで跳ぶことはできない

 

「Do what you love」

――2023年の日本選手権で24年ぶりに日本記録を更新する14m16をマークしました。

そのときは全て噛み合えば、14m台は出るだろうなと思っていました。実際に記録として14mを超えたこと、24年ぶりに日本記録を更新したことは、心から嬉しかったですね。普段からサポートしてくださっている所属先、コーチ、トレーナーさんはじめ、家族や友達も応援に来てくれていたので、皆さんの前で更新できたのは感動しました。

――そのときの試技を振り返ると、どういうところが良かったのでしょうか?

一番良かったのは助走の流れですね。距離が30mから40mほどで、初速、中間、加速、最後の局面とあるんですけど、誰もがどうしても最後の4歩は失速するんですね。その中で、初速から中間までの流れも良かったですし、踏切まで、針の穴に糸を通すみたいに吸い込まれていくような感じがあって。そんな感覚があったので、これは出るかなと思っていました。

2023年には日本記録を更新。
24年ぶりに歴史を塗り替えた。

――日々の生活で意識して取り組んでいることはありますか?

昨日の自分より1%良くなりたい。トレーニングではそれをずっと考えています。今だから話せるんですけど、春先にケガをして「もう、これはダメだ」というくらい精神的に落ち込んだ時期があったんです。そのときにドイツのコーチ(トーマス・プラング氏、ラロフ・ヤーロス氏)に「Do what you love」、つまり「自分の本当に好きなこと、情熱を感じることをやりなさい」と言われました。そこで「1%良くしたらいいんだよ」という話もされて、すごく心が軽くなったんです。自分が情熱を持っているものは、やはりオリンピックで、オリンピックに出たいから、ボブスレーに挑戦したこともあります。その気持ちを私以上に、所属先や普段からサポートしてくださる方々が理解して、私の背中を押してくれたので、日本選手権も頑張れたんです。個人競技なので一人でやっているように見えるかもしれないですけど、私としては“チーム麻里子”で、皆さんにサポートいただきながら競技に臨んでいます。

師事している森長正樹コーチと、そのお子さんと
コーチたちの言葉で救われた。
「昨日の自分より1%良くする」
※ご本人提供

 

2025年の東京では「自分に勝つ」

――来年は東京2025世界陸上が行われます。ご自身が考える将来のロードマップはありますか?

来年はちょうど30歳になりますし、競技人生の集大成になると考えています。そのあとは寺田明日香選手(100mハードル)みたいに、ママさんアスリートのような新しい道を拓くというか、常識を覆していくことをやっていきたいですね。今年イランで行われたアジア室内陸上競技選手権大会のときに同室になったんですけど、寺田さんが一度競技を離れてから復帰するまでの話を聞いて、そういう道もあるのかと。陸上競技をやっていると、どうしても一つの方向からしか物事を見られなくなってしまい、どんどん孤独になっていく。レベルが上がるにつれて、心身も削られていくんですね。競技だけが人生ではないという話を聞いて感銘を受けました・・・。

――東京2025世界陸上での目標を教えてください。

自分に勝つことですね。ブダペスト2023世界陸上は涙するくらい悔しい大会だったので、次は笑顔で終われるような試合にしたいと思っています。自己ベストが出たら大満足です!

悔しさが残ったブダペスト
東京では「笑顔で終わりたい」と意気込む

――過去で一番満足いく跳躍は、やはり自己ベストを出したときですか?

正直そのときも満足はいっていなくて。三段跳は未完成の中で完成を追い求めていく競技だと思っています。これが完成形というものはまだないんですけど、満足いった試合を一つ挙げるとすると、昨年のアジア選手権です。途中まで首位だった中で、5回目の試技で中国の選手に抜かれた。その追い込まれた状況で、もう一度14m台を跳べたのは自分としても満足しています。ただ世界で結果を残すためには、後半の3本で良い記録を出すことが求められる。それができるようにはしたいです。

――東京2025世界陸上で楽しみにしていることや期待していることがあったら教えてください。

オリンピックやブダペスト2023世界陸上のように国立競技場が満員になっている景色を見てみたいです。ドイツのコーチやチームメイトも東京2025世界陸上を目指していますし、一緒に出場できるといいですね。あとは所属先のオリコからも国立競技場は近いので、会社の皆さんにも観に来ていただきたいなと思っています。

 

サッカーを観るときの独特な視点「好きな選手は・・・」

――ここからは森本さんのプライベートについても聞かせてください。休日はどのように過ごされていることが多いですか?

あんまり何もしてないかな・・・。ドイツにいたらめっちゃ散歩するんですけど、日本にいたらけっこうインドアですね。外に出るのは友達とカフェに行くくらい。家では最近アニメを観たり、Netflixで韓国ドラマも観ています。

――ちなみに今観ているのは?

『となりのMr.パーフェクト』! 超お勧めです!!(笑) 韓国ドラマにハマったきっかけは『愛の不時着』で。それまではそんなに観てなかったんですけど、友達から俳優もカッコいいし、非日常的で面白いと言われたので観てみたら・・・沼ってしまいました(笑)。

――好きな俳優はいらっしゃるんですか?

好きな俳優はいないんですけど・・・、好きなサッカー選手を言ってもいいですか?

――おぉ、急に(笑)。どなたですか?

(ドイツ・ブンデスリーガの)ボルシア・ドルトムントに所属するユリアン・ブラント選手が好きです!

――し、渋い! なぜブラント選手が好きなんですか?

陸上競技は真っ直ぐに走るのが基本ですけど、サッカーはいろいろな方向に走る。たまに出るすごいテクニックや、「どうやったらこんな体の動き方ができるんやろ」という視点で観ちゃうんですよね。そうしたテクニカルな部分で、観に行った試合ですっごく目に留まってしまったのがブラント選手だったんです。

ドイツではブンデスリーガの試合を観戦することも。
サッカー選手の動きを陸上の視点で観てしまう
※ご本人提供

――サッカーをそういう視点で観る人は少ないかもしれないです。

サッカーは軸足で支えてボールを蹴るじゃないですか。それって三段跳の踏み込み動作と似ていて。そういう視点で観てしまうんですよね。すみません、マニアックで(笑)。サッカー選手がボールを蹴るときの写真を観ると、膝まわりの上の筋肉もすごくて、ガシッと固まっていないと振り子のようにいかないんだなと。勉強になりますね。

――さすがの視点ですね・・・。話しを戻しますが、アニメはどういうものを観るんですか?

それこそオリンピックの前は『ブルーロック』を観ていました。またサッカーですね。「私もエゴイストになるぞ」と思いながら、気持ちを高めていました(笑)。あとはお笑い系だったら、『マッシュル』とかですね。

取材中も終始明るく笑顔を見せてくれた。
真顔に耐え切れず自分で笑ってしまう

 

仲が良い選手、おすすめの選手は?

――陸上競技で仲が良い選手を挙げるとしたらどなたですか?

走幅跳の秦澄美鈴選手ですね。私の高校の恩師でもある坂井裕司先生が秦のコーチをしているので、そういうつながりもあって仲が良いんです。私の方が2つ年上なんですけど、一緒にいると「秦の方がお姉さんっぽいね」と言われることもけっこう多くて(苦笑)。しっかりしていて頼りになります。

――明かせる範囲で、普段どんな話をしているんですか?

明かせる範囲だと、けっこう限られてくるんですけど(笑)。オリンピックは選手村で同じ部屋でしたし、朝ごはんを一緒に食べたりもしていました。競技のことも話しますね。秦も去年、日本記録を更新したんですけど、競技について考えていることやお互いの悩みなんかは話しやすいです。
秦が最初にオレゴン2022大会で世界陸上に出場しましたが、跳躍種目を牽引する彼女がいるからこそ、走高跳の髙橋渚選手や棒高跳の諸田実咲選手も「世界に出よう」という刺激になっていると思います。

秦選手とは競技やお互いの悩みなども相談する仲。
世界に挑戦する日本女子跳躍種目をともに引っ張る
※ご本人提供

――他にもおすすめの選手はいますか?

日本にいるときに同じグラウンドで練習をしている諸田ちゃんは、コツコツと自分の跳躍を磨いていて、日本記録も2回更新しています。昨年のアジア大会では中国で観客もすごく多く、完全アウェーでしたけど、その中でも日本記録を更新する強さがある。東京2025世界陸上でも日本記録を超えて決勝に進出することが、たぶん彼女の目標だと思います。

女子棒高跳日本記録保持者の諸田実咲選手(写真右)と秦選手と
※ご本人提供

あと一人挙げると、同じオリコ所属の宇野勝翔選手ですね。とにかく面白いんです・・・! 彼はまだ23歳で、けっこう年が離れているんですけど、「まり姉、まり姉」ってとりあえず距離感が近い(笑)。弟みたいな感じです。彼は順天堂大卒で、村竹ラシッド選手(110mハードル)たちと一緒にレベルの高い中で練習している。最近100mで自己ベストを出していますし、これからが楽しみな選手ですね。

同じ所属の宇野勝翔選手(写真右から2番目)はこれからが楽しみな23歳。
「とにかく面白くて、弟みたい」という愛らしいキャラクター
※ご本人提供

――ご自身が一番影響を受けた人はどなたですか?

ドイツの二人のコーチと出会えたことは大きかったですね。彼らは「Life is beautiful」という考えで日々生きていますが、私はそういう考え方をしたことがなかったんです。競技から一歩離れたときに、「今日は天気がめっちゃいい」とか、ありがたいことや楽しめることはいっぱいあるんだと感じられる。そんな考え方ができるきっかけになったので、私にとって二人と出会えたことはとても大きなプラスでした。

――では最後に、東京2025世界陸上を楽しみにしている読者の皆さんへメッセージをお願いします!

2007年の大阪大会以来の、世界中のトップアスリートが集まる世界陸上が東京で開催されます。私自身にとっても集大成の大会になると思うので、たくさんの方に観に来ていただき、国立競技場を満員にして応援してもらえたら嬉しいです! めちゃくちゃ頑張ります!!

Instagram:morimari__

text by Moritaka Ohashi
photographs by 椋尾 詩

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