秦 澄美鈴(はた・すみれ)
1996年大阪府生まれ。女子走幅跳 日本記録保持者(6m97㎝)。
高校から始めた陸上競技で、短距離、走高跳を経て、社会人になってから現在もメインに取り組んでいる走幅跳へ。武庫川女子大学卒業後、2019年4月よりシバタ工業株式会社に所属。
2019年、日本陸上競技選手権大会での初優勝を皮切りに日本女子走幅跳界をリードする存在へ。2023年7月のアジア陸上競技選手権大会で日本記録を17年ぶりに更新。
走高跳に憧れたきっかけは小栗旬さん
――陸上を始めたきっかけを教えてください。
幼少期から走るのが得意で、運動会では常に1番でした。小学生のときは習い事として水泳をやっていて、中学校には陸上部がなかったので、バスケットボール部に入って、高校でも続けようかなとも考えました。ただ自分の力がどれくらいなのか試してみたかったこともあり、陸上を始めたという感じです。
――陸上を始めたときはスプリンターで、そこから走高跳に転向しました。興味を持ったきっかけは何だったのですか?
中学生のときに見たテレビドラマで、走高跳をやっていた小栗旬さんがかっこよくて、ずっと憧れていたんですね(注:『花ざかりの君たちへ〜イケメン♂パラダイス〜』)。陸上部に入ってからもやってみたかったのですが、走りを期待されていたし、顧問の先生にもなかなか言えませんでした。でも思い切って「やってみたい」と言ったら、すんなり「やってみたら」と言ってもらえたので、走高跳を始めました(笑)。
――大学に入ってからは走高跳と並行して、走幅跳にも挑戦されていますね。
当時のコーチの「秦には走幅跳が向いているんじゃないか」という、その一言がきっかけでした。「じゃあ、練習してみようか」と。それが楽しかったので、試合にも出てみようとなったのですが、本当にそういう軽い気持ちでしたね。
――その後、本格的に走幅跳に転向することになりますが、迷いはありませんでしたか?
すごく迷いました。2年くらいは迷っていたと思います(苦笑)。走高跳は私の憧れだったので、すぐに「辞めます」とは言えなかった。それに、大学の後半から走高跳の記録が伸び悩んできたところもあり、今ここで辞めたら、「諦めた」「逃げた」みたいな感じになってしまうのも嫌でした。でも大学を卒業して社会人になる年でもあったので、世界大会を目指すのであれば、どちらか1個に絞ろうと思ったので、調子が良かった走幅跳に転向することにしました。
走幅跳への転向。17年ぶりに日本記録を更新
――走幅跳への本格転向後、1年足らずで日本選手権を制しました。
すごく感慨深い気持ちになりましたね。ずっと目標としていた日本選手権での優勝で、そのときの自己ベストで記録したのですが、私はこういう大きな舞台でもちゃんと結果を残せるんだと自信に繋がりました。
――今年7月のアジア陸上競技選手権大会で日本記録を17年ぶりに更新する6m97cmを出しましたが、跳んだときはどのような感覚だったのでしょうか?
跳んだ瞬間に「ファウルじゃなければ、間違いなく日本記録は出た」という手応えはありました。踏み切りがうまくいかなかったときは、反発が返ってきた感覚がなくて、「重力に負けたかな」「上に跳び過ぎたな」とか、そういう感覚なんです。でもうまくいったときは踏み切った瞬間に、自分の足と返ってくる反発で押し合いをして、それが弾けるような感覚がある。そのときもそんな感覚がありました。
――日本女子として初めての7mという記録が見えてきていますが、それをさらに更新するためにどのようなことが必要だと考えていますか?
アベレージを引き上げることが必要だと思っています。失敗したとしても、6m70cmは確実に飛べるレベルまで上げておけば、例えば追い風が吹いたり、自分のコンディション良かったりしたとき、7mは出せるのかなと。技術的に改善するというよりは、 今のパフォーマンスをしっかり高いレベルで安定させることが大事だなと思っています。
――ご自身でも「たかが3cm、されど3cm」とおっしゃっていました。未知の世界だから、それを縮めるのも難しい挑戦なのだと想像します。
日本人選手で7mを跳んだ選手はいないのですがアジア記録は7m01cmなので、アジア人として可能な挑戦だと思っていますし、アジア記録も更新したいです。でも7mまであと少しという試合は、まだ1つしかないんですね。私のアベレージは6m70cm前後なので、実質30cmぐらいの体感です。
満員の国立競技場で跳びたい
――記録と向き合うことは、自分と向き合うことと同義だと思います。日ごろ、ご自身とはどう向き合っていますか?
できるだけ自分の頭の中をクリアにしています。1つ考え込んでしまうと、永遠に考えてしまう性格なんです(苦笑)。できるだけ早く「自分はなぜこう思っているのか」を明確にしてしまう。そうしたら頭もすっきりするし、その考え込む時間に自分のエネルギーを使わなくてよくなる。最近は頻繁に自分の気持ちや頭の中をクリアにする作業をやっています。
――具体的にはどのような作業をしているのですか?
アナログですが、自分の気持ちをノートに書いていきます。いろいろなことを考えていても結局、頭を悩ませている理由は3つぐらいだったりする。「こういうときは、こうしたら解決できた」ということを、どんどん書いていき、「頭の中ノート」を作るようにしています。あとは関係性にもよるのですが、人に対しても思ったことを素直に話してしまう。その方が自分も楽だし、嫌な態度を取ることもなく、接することができますね。
――アキレス腱が硬いようですが、そこはご自身の強みでもあるのでしょうか?
そうですね。学生の卒業論文で実験をしてもらったのですが、他の被験者と比べて4倍の数値だったようです。イメージとしては、太い輪ゴムが足の中に入っている感じです。普通の輪ゴムを伸ばしてパチンとやるのと、太い輪ゴムをぎゅーっと伸ばしてバチンとやるとでは威力が全然違いますよね。走幅跳は踏み切りの負荷がすごくかかるので、それがロスなく、反発として全部自分の体に返せているのだと思います。
――来年にパリ2024オリンピック、再来年に東京2025世界陸上が行われます。目指していることは?
今年の世界陸上までは、ロードマップを作っていたのですが、それはあまり役に立たなかったので、具体的にパリや東京で目指すことは考えていません。東京大会に関しては、アジア選手権で日本記録を出したこともあり、ファンの皆さん、両親の前では飛べていないので、7mに近い記録を狙っていきたいと思っています。
――東京2025世界陸上で楽しみにしていること、期待していることはありますか?
国立競技場が満員になるところが見たいです。日本で開催される陸上競技の大会では、空席が多いので、ブダペスト2023世界陸上で見たような満席の景色で、皆さんの声援をもらって跳びたいという思いはすごく持っています。
普段は慎重なのに車は即決で購入
――ここからは秦さんのパーソナルな面をお聞かせください。オフのときは何をして過ごされていますか?
基本的にオフは1日なので、どこかに出かけるというよりは、家で漫画を読んでゴロゴロしています(笑)。あとは気が向けば買い物に行ったりするくらいですね。シーズンオフはまとまった休みをもらうようにしているので、そのときは友達と旅行に行ったり、遠出のドライブをしたりしています。
――Instagramで愛車のお写真も拝見しました!
そうですね。買おうと思ったときに、車が可愛いほど自分の気分も上がるなと思って、憧れのフィアットを買いました。前から買うならフィアットかなと思っていたのですが、そのときは買うつもりがなくショールームに行ったら、「もう絶対これやん」と思ってしまい(笑)。その場で決めてしまいました。
――他でも即決することが多いのですか?
いや、私はどちらかというと悩むタイプで、気に入った服に出会ってもとりあえず保留して、クールダウンしてもまだ欲しいと思ったら買いにいくタイプなんです。特に高額な買い物になるほど、即決ということはあまりしないのですが、車に関しては「たぶんこれ以外はもう無理だな」と思って決めちゃいました。
『ハイキュー!!』の言葉には泣かされる!?
――普段はどんな漫画を読んでいるんでしょう?
『呪術廻戦』や『ハイキュー!!』といった少年漫画ですね。昔から読んでいたわけじゃないのですが、コロナ禍になって、やることがなかったときに「漫画を読もう」と思って買いに行きました。それから少年漫画にハマってしまって(笑)。「ここで負けても次勝つんだろうな」と想像できることもあるのですが、それが感動するんです。結果を出したい試合の前なんかに、「この言葉に元気もらえるんだよな」と思いながら読んでいます(笑)。
――元気をもらえる漫画や好きなシーンはありますか?
例えば『ハイキュー』だったら、烏野高校が青葉城西高校と対戦して、烏野高校が勝つのですが、負けてしまう青葉城西の及川(徹)さんが「才能は開花させるもの、センスは磨くもの」と言うシーンがあって、めちゃくちゃ泣けるんですよ。名言ばかりです!
その場にいないと分からないものがある
――音楽から元気をもらうこともある?
歌詞で元気が出るのは、菅田将暉さんの『ロングホープ・フィリア』ですね。内容としては、良い結果を出すために沈む時期もあるという解釈を私はしているのですが、まさにスポーツと一緒だなと。試合前は歌詞というよりリズムや、勢いがつくものを聴くことが多いです。Apple Musicに「頑張れ澄美鈴プレイリスト」を作っていて、たくさん入れています(笑)。最近だとMrs. GREEN APPLEの「ケセラセラ」をよく聴いていますね。
――最近、もっとも心を動かされた出来事は何ですか?
オフシーズンに旅行で、白川郷に行きましたが、天気がすごく良くて、青と緑のコントラストが素晴らしかったです。私はいつもスマホで写真を撮るのですが、実際に見たものよりきれいに撮れず、「目に見えるもの以上にきれいなものはないんだな」と思って、心が浄化されました。その場にいないと分からないものがあるんですよね。
――最後にファンの皆さんへのメッセージをお願いします。
陸上競技は、いろいろな種目が同時進行でやっているので、現地で見るのはなかなか難しい部分もあると思います。ですが、その分いろいろな種目を見ることができます。
世界陸上は超人が世界中から集まるので、それをぜひ会場で見てほしいですし、選手が喜んでいる姿を見て、何かを感じるきっかけになったらいいなと思っています。私自身も結果を出して、皆さんに喜んでもらえるように頑張りたいと思います!
国立競技場で待ってます!!
X:@suuum1r
Instagram:sumiiiiire0
text by Moritaka Ohashi
photographs by Kiyoshi Sakamoto
共同制作:公益財団法人東京2025世界陸上財団