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2025をつくる人たち

竹見たけみ 昌久まさひささん

東京都立中央ろう学校 高等部主幹教諭
一般社団法人日本デフ陸上競技協会 事務局次長

竹見 昌久(ろう学校教員)|陸上に懸ける生徒のハンデをなくしたい。その一心で始めた【スタートランプ】開発

2023.10.27

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ろう学校で陸上部の顧問をする竹見先生は、デフ陸上競技で使うスタートランプの開発者でもある。
構想から完成、そして普及までに8年の歳月を費やしながらも、決してあきらめなかったその道のりと情熱の根源をうかがった。

教え子たちの悔しさと、思い違いの指導から
スタートランプの開発にたどりついた

―竹見先生が、ろう学校の教員になられた経緯は?

竹見 高校時代の先生がとても親身になってくれる方で、その姿を見て「先生になりたいなあ」と思ったんです。晴れて教員になってからは、学生時代から力を入れていた陸上競技に、今度は教える立場として関わるようになりました。
 その中で、特別支援学校の赴任を経て、9年目に初めてろう学校へ異動になったんです。聴覚障害を持つ生徒の指導にあたることになったのは、このときが初めてですね。

―ろう学校に配属されて、生徒たちとのコミュニケーションは?

竹見 手話さえできれば、きこえるきこえないにかかわらず、それほど変わりはないですよ。中央ろう学校では新任教員向けに手話を早く覚えられるように講習会を開いていますが、わたしが着任した当時にはまだそういった対応は多くなく・・・。そのためなかなか手話を覚えきれない日々が続いたのですが、生徒たちはそんなわたしの身振り手振りの話を「きこうきこう」としてくれるんです。会話する際に(教師の)顔を見ないで下を向いてしまう子が少なからずいると思うんですけど、彼らは顔を見ないと何をしゃべっているのかがわからない。だから、人の顔を一生懸命見つめるんです。ろう学校の生徒たちって「見る力」とか「観察する力」をすっごい持っているんですよ。言い方もやさしく話すようにしていますが、声色がきこえないから表情だけで「先生、今日機嫌悪いんだ」ってとらえられちゃうこともある。だから、笑うときは本当に楽しい笑顔を見せる、怒るときはしっかり怒った表情をつくる「表情の大切さ」を、ろう学校で学びました。コミュニケーションって言葉だけじゃない。目を見て顔を見て伝えることの大事さを、生徒たちから教わりましたね。

―デフ陸上競技で使うスタートランプ(※1)を開発主導されたそうですが、そのきっかけは?

竹見 陸上の短距離走のスタートって、いちについて・よーい・ドン!をすべて「音」でやりますよね?そのため音のきこえない選手は、顔を上げてスターターの発砲の動きを見たり、横の選手の動きに合わせてスタートするしかないんですよ。それではもちろん聴者と同タイミングでスタートを切ることなどできませんし、下を向いてスタートを待つクラウチングスタートにおいて、まずその体制を崩さなければいけない不利も生じます。コンマ何秒を争う陸上競技において致命的ともいえる状況が、わたしがろう学校に赴任した2014年ごろは当たり前として行われていたんです。

スタートランプを手に、当時の想いを語る竹見先生

 そんな中、指導していた生徒が大会に出場したんですが、スタートの音にやはり反応できず・・・。レースを終えた後にわたしのところに来たその生徒が、「がんばったって報われない」って泣きながら言ったんですよ。
 そのとき、ひとまず慰めたものの・・・。いまの状況に限界を感じ、がんばっている生徒たちにこんな思いをさせてしまう環境を変えたい。スポーツの世界って厳しくジャッジすればするほど音が重要になってくるので、ろう者にも平等な競技環境をつくりたい!という思いが高まり、音を光に変える「スタートランプをつくりたい」と考え始めたんです。
 それ以前にも子どもたちのつらさを感じてはいたんですけど、当時はどちらかというと「(障害のある人たちが)がんばるんだ!」「気合でなんとかするんだ!」みたいな風潮もあって、「きこえなければ補聴器をつけなさい」とか「少しでもきこえるような努力をしなさい」と言うような時代だったんです。でも、スタートランプを開発していく中で、いろいろな人と出会って情報や知識を得ていくほどに、ろう者の子どもたちへ思い違いの指導をしていたことがわかったんです。
 例えば会話の最中に学校のチャイムが鳴る、そのときわたしたちは脳の中で必要な音だけを聞き取って、そこに集中して会話を続けられるじゃないですか。でも、彼らにはさまざまな音が混ざって聞こえてしまうんです。補聴器だって万能じゃないから、いろいろな音が同じレベルで耳に入ってくるんですよ。
 どの陸上大会でも、ろう者の生徒が補聴器をつけていても音が聞こえなくてスタートできないという場面を見ていたし、「彼らが正確にスタートできる術を考えないと、このまま続けるのは(競技としても生徒の思いとしても)無理」と言うほど煮詰まった状況になっていたんです。

※1:正式名称は「光刺激スタート発信装置」。聴覚障害者が陸上競技を行う際に、スタートの補助として使用する装置。スタート発信装置から発するスタート信号と連動し、LEDが発光する色によって競技者へスタートのタイミングを合図する。

スタートで構える選手の足元に設置
On Your Marks(赤) → Set(黄) → ピストル音(緑)
※左にあるのは実際のスタート用ピストル

―開発から普及活動までにはどのようなプロセスを?

竹見 わたしがたずさわっている全国聾学校体育賞会(※2)の会長で、大学の恩師でもある青山利春先生にまず相談しました。その先生から、陸上競技を含むスポーツ機器の製造販売をしている株式会社ニシ・スポーツをご紹介いただき、二人で訪問したんです。そこで当時の社長さんにわたしがつくったスタートランプの資料をお見せしたら、「つくりましょう!」と鶴の一声で快諾してくださって。そこから筑波大学附属聴覚特別支援学校の岡本三郎先生にも加わっていただき、開発を始めました。当時は既製の部品を組み合わせた試作品でしたが、それでもできた当時はすっごくうれしくって、「これを全国で普及します」と言って岡本先生と二人で全国をまわって普及活動を始めたんです。それが2011年頃かな。
 でも普及を始めた当初、スタートランプを見せると、最初はどの学校も「こんなのいらないでしょ」「わたしが知っているろう者の子はいまのままで大丈夫だから、いりません」ってね。以前のわたしと同じような考え方の先生ばかりでした。

※2:全国のろう学校に在籍し、体育に関して成績優良な生徒に体育賞を授与している団体。

 

聴覚障害者はみんな同じじゃない
それを理解できていないことが課題

―現在の完成品ができあがるまでには、さらにどんな道のりを?

竹見 試作品を使っていくうちに改良点がいろいろ出てきたのですが、このままだと企業も利益にならないので「このスタートランプを製品化するにはどうしたらいいか?」ということになり、試作品を世界へ持って行ってPRしようと考えたんです。それで2016年に、ブルガリアであった世界デフ陸上競技選手権大会の関係者にお願いをして、大会の3カ月前ぐらいに日本デフ陸上競技協会の担当者と現地へ行って、関係者にスタートランプを見せて説明したんです。最初は反対していた審判の方にも、英語はできませんが気合いで説得したら、最後は大会で使ってもらえることになってね。大会終了後には「スタートランプのおかげだ」「日本の活動はすばらしい」といった声をさまざまな関係者からもお聞きしました。帰国後、それをメーカーに報告したら「なんとか製品化しましょう」と上層部にかけ合ってくれて、わたしたちの要望を全部形にした完成品が実現し、国内でも全国各地の大会で使われるようになって。近年になって、より販売促進につながるように「カタログにも掲載しよう」というところまで結びつけたんです。ここまでくるのに8年ぐらいかかったかなぁ(笑)。

―開発から普及までの間で一番苦労された点は?

竹見 苦労したのは、スタートランプをなかなか理解してもらえないことですね。デフアスリートの佐々木琢磨選手(※3)たちが「スタートランプを使いたい」と言ってくれて、出場する大会に持って行ったんです。でも、関係者によってはあまりいい顔をしない方もいるんですよ。「ぼくの知っている聴覚障害者は、こんなの使わなくてもちゃんとスタートできていたよ」って言う方もいてね。それって、つまりは聴覚障害者への理解が進んでいないってことだと思うんですよ。そういう方を含め、皆さん知らないことの裏返しなんだなぁと思って、「これはこれでひとつの課題だな」と感じましたね。「きこえの程度ってみんな違うし、聴覚障害者はみんな同じじゃないんだよ」って伝えたいですね。
 それと、スタートランプは選手のためにつくり始めたものですが、観客にもろう者はいて、その方にもスタートが見てわかるようになり、実際にその喜びを伝えてもらったことがあって。「(スタートランプが)競技観戦を楽しんでもらえることにもつながるんだ」という発見もありました。

※3:デフ陸上のアスリートであり仙台大学職員。前回大会のカシアス・ド・スル2021デフリンピックにおいて男子100mで金メダルを獲得。デフ陸上界を代表するスプリンター。

カシアス・ド・スル大会でのスタートランプ使用の様子。
デフリンピックの現場でも竹見先生が対応

―スタートランプの普及状況と関係団体や生徒たちからの反応は? 

竹見 デフリンピックで初めて採用されたのは、2022年にブラジルのカシアス・ド・スルで開催された前回大会からですね。
 スタートランプは当初、公式の装置ではなかったので、使った場合の記録は非公認とされていたんです。それでまた青山先生に日本陸連に連れて行っていただき、「スタートランプを使っても公認記録となるようにできませんか?」とお願いをしたら、話を聞いてくださった方がIAAF(国際陸上競技連盟。現在のWA)のルールブックを出して調べてくださって・・・。「光のランプは助力にはならない」という記載があったので、「日本のルールにも適応しましょう」となってね。そこからスタートランプが使用できるようになったから、今では高体連や全日本実業団など、どの大会でも使われていますよ。スタートランプを購入してくださった自治体も増えていますし、都立のろう学校では設置が義務化になりましたしね。
 ただ、装置を貸し出している大会もまだ多いのと、いまだに知らない人もいるんですよ。初めて設置する大会で、「あれなに?」「あんなの使うなよ」って話す声を聞くと心が折れそうになりますけど・・・(苦笑)。それでもやってこられたのは、やっぱりろう学校の教員だからですかね。うちの生徒たちの記録も確実に伸びましたよ。子どもたち自身が言ってます、「タイムが上がりました!」って。子どもたちが喜んでくれるとうれしいですよね、それが一番です。

 

デフのスポーツや大会を知る以前に
聴覚障害者への真の理解を深めてほしい

―日本デフ陸上競技協会の事務局次長も兼任されていますが、そこではどのようなお仕事を?

竹見 スタートランプを普及するための活動として、各地のイベントでスタートランプやデフスポーツに関する講演を行ったり、イベントに参加する選手の手配や国際大会の準備などを行っています。デフリンピックが注目されるようになってきて、イベントの参加者もすごく増えていますよ。「デフリンピックでボランティアをやりたい」っていう方もたくさん来てくれてうれしいですね。

この記事公開のつい数か月前(2023年8月)に行われた、
「ブダペスト2023世界陸上」の現地でも普及活動を実施
※青色のポロシャツの男性が竹見先生
※写真右側の機器はスタンドタイプのスタートランプ
(中・長距離走で使用)

―2025年に東京で初開催されるデフリンピックやその先の未来に向けて、一番実現したいことは?

竹見 スポーツの中での聴覚障害者のハンデをなくすことです。デフリンピック期間中はせめてTV放送の中に手話通訳のワイプが入るとか、大会会場の近くの飲食店では指差しボードや手話スタッフを配してコミュニケーションができるとか。そういったことが実現したらいいなと考えています。
 スタートランプの普及を通じて、ろう者の子どもの教育現場を見直したり考え直すきっかけにしていきたいとも思っているんです。教育に携わる方々とも話すんですが、聴覚障害者への真の理解が進まなければ、スポーツの現場にも波及しないと思うんですよね。
 スタートランプに関して企業にお願いに行ったときも、「(こういう製品があることを)知りませんでした」と言われることがあります。伝えないと、皆さん知らないんですよ。だから知っているわたしたちから、もっと伝えていかないとね。その大きな発信のポイントが、デフリンピックの場なのかなと思っています。ただ、聴覚障害者が主導でアクションするのが大事だな、と。うちの生徒たちにもよく言うんです。「スタートランプはわたしのものではないし、君たちが使っていることをアピールしていかないと意味ないだろ」ってね。
 あとはデフスポーツの中にエンターテインメント性を採り入れたいんですよ。スタートランプは音を光に変えたものですが、見方によっては会場を彩るライティングにもなる。発想の転換でエンターテインメント性って向上するし、結果としてみんながWin-Winになる世界をつくりたい。ショーのような演出ができるかもしれないですし、これまでになかった発想でデフスポーツを楽しんでもらえるようにしていきたいです。それを実現するのが、最大の目標ですね!

(終)

 

竹見 昌久(たけみ まさひさ)/1975年 東京都生まれ

東京都立中央ろう学校 高等部主幹教諭

高校、大学と陸上競技部に所属し、大学卒業後に教師の道へ。長年、陸上競技部の指導に携わり、29歳で前任の立川ろう学校に赴任。ろう者への陸上競技の指導に深くかかわるようになる。
陸上競技の短距離走で、号砲音がきこえずスタートできない生徒たちを目の当たりにし、デフスポーツのハンディーキャップに配慮がなされていない現状を感じ、スタートランプの開発を始める。
現在は、全国聾学校体育連盟事務局次長、一般社団法人日本デフ陸上競技協会事務局次長を務め、国際大会におけるスタートランプの設置や世界的な普及活動のほか、東京2025デフリンピックに向けた取り組みも行っている。

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