三津家 貴也(ランニングインフルエンサー)|陸上の新たな歴史の創り手へ 唯一無二の『魅せる』ランニング
2025.02.28
ランニングインフルエンサー
2025.02.28
今では広く大衆に受け入れられているインフルエンサー、三津家貴也。
競技者として辿り着いた夢の舞台には、想像していた興奮は無く、
あったのは陸上競技への虚しさと、少しだけ多い「いいね」だった。
挫折を味わいながらも辿り着いた現在地。
三津家が目指す、今の彼だからこそ創り上げられる陸上界の新たなカタチとは―。
―陸上競技を始めたのはいつからですか?何かきっかけがあったのでしょうか?
三津家 始めたのは高校からです。中学は野球部で、1年生のときは全く速くなかったのに2年生ぐらいから急に速くなって。学校の持久走でも上位で走れるようになり、3年生のときは地元の駅伝大会に助っ人で借り出されるようになっていました。それがとても楽しかったこともあり、高校では陸上部に入ったんです。足が速くなったのは・・・、たぶん家から学校までの約2Kmをいつも走っていたから。家が大好きすぎて朝はギリギリまで家にいて、帰りも早く家に帰りたいので走って帰っていたんです(笑)。
―野球部だったのは意外ですね。
三津家 その頃はゲームの実況パワフルプロ野球に夢中だったので、それで「僕は野球が大好きなんだ」と思い込んでいたんです(笑)。父がソフトボールの選手だった影響もありましたね。でも、やってみたらあまり楽しくなかった。坊主が本当に嫌で! 当時から「坊主にしたら打率が上がるのか?」と疑問に思うような性格だったので、理不尽に感じることが多く・・・。好きなのは野球ではなくパワプロだとわかったので(笑)、高校では迷いなく陸上部に入りました。
―高校では800mでインターハイ6位という成績を収め、その後、筑波大学に進学しています。筑波大学に決めた理由はなんですか?
三津家 進学にあたって考えたのは、まずはスポーツについて学びたい思いがあったのと、そして何より、もっとレベルの高い環境で競技に打ち込みたいという気持ちがありました。僕が通っていた玉名高校は進学校だったので、全国大会に出場するような選手がたくさんいる強豪校とは違い、チームにライバルがいなくて・・・。一人で練習を頑張っている状況で今の成績なら、より整った環境に行けばとんでもない成績を出せるぞと思ったんです。僕らの高校は国立至上主義みたいな感じもあったので、陸上が強く、かつスポーツを学べる国立大学・・・ということで筑波大学に絞られました。筑波大学といえば、箱根駅伝の創設にも尽力された金栗四三さんですよね。金栗さんは玉名高校の先輩なこともあり、そういった点でも筑波大学はある意味身近な存在でしたし、競技でも学問でも望むものがある環境だと思えたんです。
―大学ではどのような競技生活だったのでしょうか?
三津家 それが・・・国内トップクラスの恵まれた環境でしたが、大学時代は一度も自己ベストを出せなくて。高校のときは走れば全部ベストという感じだったのに、練習時間も増やして追い込みもしてめちゃくちゃ努力をしたにもかかわらず一回もベストを出せなくて。陸上が・・・嫌いになりました。大学では9月に日本インカレという一番大きな大会があり、それには参加標準記録を突破し、かつ各大学で3人までが出場できるんですね。でも、7月にはその選考から漏れたので、事実上引退。そこからの半年ぐらいはただ好きにランニングしたり、他の選手のサポートをしたりしていました。引退までの4年間は記録が出せず、とても苦しい時期でしたね。
―その頃から卒論に取り掛かったのですか?
三津家 そうですね。卒論に本格的に取り掛かりはじめ、そこで授業のレベルよりもさらに専門的な知識を学ぶことができたんです。それを論文にまとめながら、「これを実践したら自分はもっと強くなれたんじゃ・・・」と思うことが少なからずあり、たまに部活とは関係なく学んだことを実践していたんです。そうしたら、11月に行われた最後のお祭り的な記録会で、なぜかベストが出てしまって。7月に引退してからきちんと練習をしていたわけじゃないのに、なんで?みたいな(笑)。今まで一生懸命頑張っていたけど、追い込んだから強くなるわけではなく、明確なデータに基づいて適切な負荷をかけることで強くなるんだ、と実感しました。その経験から、もっと勉強したいという意欲が湧いてきて大学院に進学したんです。
―大学院進学後も競技は続けられたのですか?
三津家 はい、大学院でも勉強しながら競技を続けたのですが、大学では一回もベストが出なかったのに800mと1500mとで合わせて7回も更新できたんです。実践しているメソッドに手ごたえがあり、後輩たちにも教えたらどんどんベストを出して・・・。それで自信が持てたこともあって、大学院の2年間が終わる頃には、本格的に『教えたい』という気持ちになっていました。卒業後の道を模索していたなかで、たまたま繋がりがあったのがRUNNNING SCIENCE LAB(ランニング サイエンス ラボ|以下、RSLAB)という表参道にある低酸素トレーニングをメインにしたジム。そこではトレーナーとして指導に当たることができるのはもちろん、YouTubeなどSNSでのコーチングにも力を入れていて、より広く「教える」ことに取り組むことができる。さらに競技生活も応援してもらえるという話をいただけたので、もうここしかない!と決めたんです。
―就職後も記録を伸ばし、ついに日本選手権に出場。実際に出場したときはどんな気持ちでしたか?
三津家 日本選手権は日本の陸上競技の最高峰の大会であり、競技者にとっては夢の舞台です。競技を始めて10年目でやっとその舞台に立てました。・・・が、実際に走ったら、正直「あれ?」みたいな感覚で。決勝には進めませんでしたが自己ベストに近い走りができて、やったぞ!とは思ったんです。けれど、ゴールして会場を見渡すと、観客席はガランとして空席ばっかり。何これ?これがあの夢の舞台?って感じでした。Twitter(現X)にあげてもいつもよりちょっと「いいね」が多かっただけ。この大会の出場に向けてずっと頑張ってきたのに、そこには熱狂も歓声も注目もなく、思い描いていたものとは違っていました。決勝に進んでいたら、優勝していたら違っていたのかと考えてみても、きっと変わらないでしょう。今の陸上界ではこれ以上やっても意味がないと思えてきて、競技を頑張るモチベーションが無くなったんです。ただ、そこで陸上と離れるわけではありません。競技を極めて上を目指すのでなく、陸上自体の価値を高めて、選手が報われるようにしなければ。そのためには、これまでにないアプローチで競技の認知を拡げ関心を高めて、観客席を埋める努力をしなくては、という新たな目標ができました。その目標に向けて・・・TikTokを始めたんです。
―TikTokを選んだのはなぜですか?
三津家 RSLABではYouTubeで発信していましたが、YouTubeは好きな人が好きなものを見るメディアです。そもそも関心の乏しいランニングをわざわざ見る人はいないなと。そこで何がいいかと考えたときに浮かんだのが、TikTokでした。当時は女子高生がダンス動画を投稿するメディア、くらいのイメージでしたよね。なので、着手し始めた頃は周囲から小馬鹿にするような声も漏れ聞こえていました。ただ、新しいことをするときってそんなもんですよね。TikTokの流行の中にランニングをうまく溶け込ませる・・・いや、良い意味での異物感につながるようなコンテンツにできれば・・・と思ってやってみたら、案の定当たったんです。さまざまな要因があるとは思いますが、TikTokというメディアの性質を分析し、戦略的に活用できたことが成功のカギでした。投稿し始めてすぐにボンとフォロワーが1万人を超え広がりだしたので、「どや!」っていう気持ちでした(笑)。
―勢力的に活動できていた中で、体調不良になったそうですね。そのときはどんな状況だったのでしょうか?
三津家 競技に取り組み、トレーナーとしても働き、陸上を広める活動もして、TikTokの撮影・編集も自分でしていたのでとにかく時間がなくて・・・。あまり寝られなくなっているのに、早起きして練習もしなくてはいけないという状態が続いていました。そこで疲れ切ってしまって、ある日プツンと切れたように仕事中に倒れたんです。体にまったく力が入らず、次の日から家を出る時間になっても動けなくて、人に会うのも怖くなってしまって・・・。最初は休職したのですが、代表が「三津家はTikTokもうまくやっているし能力もあるから一人でやっていける。だから退職して、ひとまずゆっくり休んだらいい」と言ってくれて、退職することにしました。
―そこからどのようにして活動を再開したのでしょうか?
三津家 退職して1ヶ月くらいに、YouTubeで今の自分の現状を投稿したのが最初でした。家に籠りっきりだった中で何かしようと考えたときに、RSLABのYouTubeも自分で出演していたこともあり、これなら一人でもできるなと思ったんです。退職するまでは競技も勉強もうまくいっていて、ランニングを教えることも評価してもらっていたのに、体調不良で全て一気に失った。自分が何もないと思えて、何をしていても満たされなくて死について考えたこともあります。でも死ぬことって、生きている以上に周囲に迷惑をかけるんですよ。特に、大好きな家族に。そんな考えもあり死ねないなとわかったことで、何かが吹っ切れて、現状をみんなに言おうと思えたんです。自分が精神的な病気になったことは人に言いたくないけれど、もういいやって。
2021年6月1日。
「仕事やめてYouTubeはじめました」
―反応はどのようなものでしたか?
三津家 いざ投稿すると周りの方や応援してくれる人たちから、たくさんのコメントをもらえて・・・。本当に救われましたね。ほとんどベッドの上から動かないような生活でしたが、そこから少しずつ変わってきて。共感や応援のコメントにもとても後押ししてもらいましたが、このとき、僕を支えてくれた恩人が3人いるんです。
1人目はケツメイシの大蔵さん。「フルマラソンで3時間切りたいから手伝って」と連絡をくれて、そのおかげでまたランニングを始められたんです。2人目はランニングクラブ“健ちゃん練”のボスの松永健士さん。僕が沈んでいるときも「練習だけには来いよ」って声をかけ続けてくれて。それで週に一度だけ練習に行けるようになりました。3人目は健ちゃん練で一緒に走っていた小松広人さん。食事に誘いだしてくれて、「三津家をサポートするから」と心強い言葉をくれたんです。小松さんはその後、ウェブサイトをつくってくれて。それが今の三津家貴也オフィシャルサイトです。皆さんが背中を押してくれたこの経験は、本当に大きな転機となりましたね。
―また走り出した三津家さん。どのように変わっていったのでしょうか?
三津家 1ヶ月以上も丸々休んでいたので、いざ走り出しても体に力が入らず全く走れなくて。でも・・・とても楽しかったんです。走ることでむくみが取れて一気にシュッとして、体の震えもおさまり、眠れるようになって。体調が一気に良くなったんですよ。
あとはみんなと一緒に走るとき、以前はいつも僕が引っ張って走っていたのに、逆にみんなに引っ張られて走っていて。おっちゃんたちに負けちゃうのが次第に悔しくなってきたんですよね。そんな経験を通して、ランニングは速さを求めるだけじゃないなと、改めて実感しました。日本一を目指さなくても走るだけで楽しいし、人と繋がれたり、前向きな気持ちにもなれて心の健康にも良い。ランニングへの向き合い方、実感を通した心境の変化があったことで発信の軸も変わり、その結果TikTokのフォロワー数がまたグンと伸びました。
―辛い経験をしたからこそ知ったランニングの魅力ですね。
三津家 そうですね。今では「みんなで飲み会するために走る」というのも素敵だなっていう域にきています(笑)。競技として取り組んでいた頃は、お酒は競技の邪魔になるイメージがあったので飲まなかったんです。でも今は飲むようになって、美味しい乾杯をするために走るのも素敵だなって。価値観が本当に180度変わりましたね。
―価値観が変わった今の三津家さんにとって、ランニングはどういうものですか?
三津家 『趣味』です。単に楽しくてやっているだけ。やらなくてはいけないような義務では決してない。僕が、そして一緒に走ってくれる人が笑顔になれるための一番の趣味です。だからこそ、自分の「ランニングを楽しんでいる」姿を通して、一人でも多くの方が少しでも笑顔になれたり、少しでも前を向くきっかけにしてもらえたら嬉しいですよね。
―3月8日(土)に初主催の陸上イベント「Full house(フルハウス)」が開催されます。どのような思いでイベントを企画したのでしょうか?
三津家 退職して活動をし始めた3年前の頃のモチベーションは、モテたい・稼ぎたい・陸上界で誰よりも有名になりたい!といった承認欲求がメインでした。ただ、ありがたいことにそれらは2年ぐらいで満たされたんです。大きな夢の一つだった「本を出版したい」というのも、2023年5月に『もっと楽にもっと速く がんばらないランニング』を出版できて叶いました。そこでふと立ち返ったときに、やりたいことや夢がなくなっていたんですよ・・・。満たされた中でこの1年間活動を続けてきて、これまでの「自分のため」という目線から、徐々にもっと「人のため」「陸上界のため」に自分ができることをしたい、と改めて思うようになりました。それで、自分なりの、自分だからこそのやり方で陸上を盛り上げるイベントをやろう!と。観客で埋め尽くされた会場で走る興奮と感動を選手に味わってもらいたい。そして、観客には最高の熱狂を届けたい。三津家貴也だからこそできる、これまでにない陸上を「魅せる」イベントを開催することにしたんです。
―イベント名の「フルハウス」にはどんな思いが込められているのでしょうか?
三津家 まず一つは「劇場が大入り・満員」という意味です。もう一つは、ポーカーの役の中でも強力な役の一つで、5枚の手札それぞれに意味がある。この大会のコンテンツ、もっと言うと大会をつくる一人ひとりに役割があることを表しています。もちろん、観客がいないとフルハウスは成り立たないですよね。だからこそ観客の皆さんにも「会場を満員にする」という大事な役割があり、一緒になって創り上げるのが『フルハウス』なんです。あとは・・・「満たす」に「家」で“みつか”です(笑)。もっと言うと、3月8日は三(3)津家(8)の日です!
―このイベントにはどのような狙いがあるのでしょうか?
三津家 そもそもですが、このイベントは相棒の邊見勇太と二人で企画しています。彼はRSLAB時代の同僚で、日本選手権を終えた後で一緒に陸上界に危機感を持ちました。そこから、僕たちで盛り上げていこうとずっと語り合ってきたんです。その想いをカタチにしたイベントであり、一番の目的は『選手にファンをつける』ことにあります。これまでタイムはどんどん速くなり競技の成績は伸びていますが、なかなかファンがついていない。例えばマラソンでは、大迫傑選手以降、スター選手はいないですよね。今では大迫選手と走って勝っている人、記録を出している人も何人もいるのに。「何者かわからない」選手がほとんどなんです。ただそれはなぜかというと・・・選手にファンをつくろうとする動きが無いからだと思います。
―選手にファンがつく。その利点はどんなところでしょうか?
三津家 ファンが多くつく、つまりは市場価値が高まるので、企業の契約意向が高まります。今回24社のスポンサーがいますが、選手の活躍次第で企業側が興味を持てば、即契約に発展する可能性だってあります。ファンがいるとグッズが売れたり、呼べば人が集まることがわかればイベントに招かれたりなど、選手は稼げる術をどんどん手にできます。そうなればもっと活動の幅に自由が利くようになり、さらに露出を増やしてファンを増やすこともでき可能性が広がっていく。それが結果として陸上界の発展にも繋がりますよね。
本来、陸上のトップ選手はもっと知名度があり、企業にも評価されていないとおかしいと僕は思います。そんな悔しさもあって、自分が「陸上選手のなかで誰よりも有名になって稼ぎたい」という野望が、最初の頃は活動の原動力になっていました。
―その価値に気付けていない選手が多い?
三津家 いろいろな視点での課題があるかとは思いますが、一番は「それどころじゃない」と競技に打ち込むのみな選手がほとんどですよね。そこを否定するつもりはないですが、良くも悪くも野心も下心もない選手が多すぎます。競技に打ち込むだけでは勝つことでしか結果に繋がらないですし、それでは競技引退後も含め先が見えてこないのは明らかです。選手個人の将来的な問題でもあり、引いては陸上界の課題ですよね。ただ、そんな現状に対して急にマインドチェンジを促すことは簡単ではないとも思うので、まずは僕が「選手にファンをつける」施策を打っていこう、と。
選手自身に興味を持ってもらえるように、一つはオリジナルのPVなどで魅せ方を工夫したりしています。これまで知らなかった選手をPVでしっかり紹介し、その上でレースに勝った人が称賛されるという仕組み。フルハウスでファンがついた選手が日本選手権に出場して活躍すれば、結果としてファンがついたトップランナーが生まれますよね。
ただそれだけでは新しい層の獲得は難しいこともあり、まずは大会自体にファンをつける動きをしています。そのために、1回目となる今回はまずは観てもらうことに重点を置いて、著名人などすでにファンを多く抱える方々を招いています。おばたのお兄さんやノッチさん、ニッチローさん、元尼神インターの誠子さんなどをキャスティングしていますが、例えば誠子さんはランニングの仕事なんて一度もしたことがない方であり、それこそがキャスティングの理由だったりもします。陸上に縁のない人は競技者とは違った目線で陸上の面白さを発信してくれるのではないか、という期待もありますし、陸上のガチガチ感とかクローズド感を消していきたいんです。
将来的にはタレントやインフルエンサーの方々の数は減らしていって選手をどんどん増やしていき、名実ともに「スター発掘」のための大会にしていきたいですね。
―フルハウスならではの見どころや注目ポイントを教えてください。
三津家 全部です! ・・・が、まず一つあげるとしたら、プロ選手のガチバトルを至近距離で観ることができること。オリンピックメダリストの藤光謙司さんに出ていただきますが、「できることは全部協力したい」と言ってくださっていて、本当にありがたくて感謝しています。彼らのレースを本当に目の前で観ることができる。
そんな大会、他にはありません。
また、SGCという金製品を扱う企業様にスポンサードしてもらい、勝者には10万円相当の金(きん)と僕からの賞金10万円相当で合わせて20万円相当を贈呈します。さらにメーカーからのプロダクトサポートなどの副賞を用意しているので、勝てばきちんと報われるようにしています。ゆくゆくは日本選手権に出るのもフルハウスで戦うのも同じくらい、いやそれ以上に大事だと感じてもらえるくらいの大会にしていくつもりです!
―勝てば賞金も入り知名度も上がる。選手にとっては嬉しい大会ですね。
三津家 以前、僕が一人で24時間マラソンをしたときのライブ配信はTikTokとYouTube 合わせて100万再生でした。フルハウスはそれに比べて時間が短いという点を考慮しても、数十万再生は固いと思っています。出場するだけで何十万人に観てもらえる可能性がありますし、しかも一般の陸上大会にはない演出とPRの中で観てもらえる。選手は知名度が上がり、一気にファンがつく可能性だってあります。それでもしファンがつかなかったら、それはご自身のせいです(笑)。たくさんの人に観てもらえる舞台は創る自信があるので、選手にはそこでしっかりアピールしてもらいたい。僕としては、応援される価値のある選手をどんどん発掘していきたいですね。
―イベントでこだわったところはどんなところですか?
三津家 人を集めることだけを考えるなら、無料で招待するという手もあります。でも、それは絶対にしません。スポーツビジネスとして今後の発展がないですし、陸上を観るという新しいスポーツ文化を創りたいという想いがあり、その植え付けにはお金を払って観に来てもらうことが重要です。
ただ、そんな簡単なことではないですよね。だから僕は、2,500円のB席に4,000円相当の特典をつけました。かつ、勝者を予想して当たった方には抽選でさらにプレゼントが貰えたり、楽しい仕掛けもたくさん用意しています。全2,000席のうちVIP席とA席は僕のファンを中心に買ってくれて、おかげさまで完売しました。でもB席はまだ1,100枚残っているので(※2025年2月19日現在)、ここから残りを売りきるのが僕の新しいチャレンジです。僕のことを知らない人や、陸上やランニングに興味がない人をいかに呼び込むかの戦いにここから入ります。来てくれたら誰もが楽しめるコンテンツが盛りだくさんなので、騙されたと思ってぜひ来てみてください!
―会場は普段は競輪場でもある「TIPSTAR DOME CHIBA」ですが、ここを選んだのはなぜですか?
三津家 「満員になる」ということを選手や関係者に味わってほしいので、今回は特に会場が大事になります。陸上競技場の悪いところが、観客席からトラックまでが遠いので、どうしても熱量が下がってしまうところです。また、3~4万人の大規模な会場では数千人集まったとしてもすごく少なく見えてしまうし、観客の熱も選手に伝わらないですよね。だから今回は会場全体で熱量が感じられる規模感でやろうと思い探していたら、たまたまTVでTIPSTAR DOME CHIBAが使われているのを見て、これだ!と。TIPSTAR DOME CHIBAは規模感的に適しているのもですが、照明演出がとにかくすごく、熱狂を生み出す空間づくりができる。陸上をこれまでにない形で『魅せる』には、もってこいの会場です。
―思いが詰まったイベントがもうすぐ実現します。改めての心境を聞かせてください。
三津家 フルハウスは、これまでみんなに応援し支えてもらった3年間の恩返しでもあります。僕の活動は見てくれる人、応援してくれる人がいないと絶対に成り立ちません。みんながいたからこそここまで活動できてきたし、だからこそ恩返しするチャンスをもらえた。その恩返しでみんなに喜んでもらって、かつ「ランニングを観よう」という新しいスポーツ文化を創れたら・・・。観戦という点ではボクシングや野球、サッカーは成功していますよね。それを陸上でも成り立たせたい。この大会がきっかけになり、今後2~3年かけてどんどん大きくしていき、いずれは国立競技場を満員にします!
そのスタートとなる今回は、ともに新しい歴史を創るチャンスです。これまでにない新しい興奮と熱狂を一緒に楽しみましょう!!
―ここからは今年東京で開催される世界陸上とデフリンピックについて伺います。世界陸上が東京で開催されると聞いたときはどのように思いましたか?
三津家 2022年にオレゴンで開催された世界陸上は、現地に観に行ったんです。会場が人で埋まり、みんなが熱狂的だったのが印象的で、とても楽しかったのを覚えています。その経験もある中で、東京でそれができるのかというと・・・正直、まだちょっとイメージがつかないんです。いつもガラガラな姿しか見てこなかったので、あの国立競技場が満員になるのかな・・・と。とは言っても観客は日本人だけでなく、海外から大勢の人がやって来ますよね。彼らは観戦への熱量が高いですし、そういった世界中での盛り上がりに期待しています。日本の素晴らしさを知ってほしいなと思いますし、僕がどのようなカタチで関わるのかはまだわかりませんが、そのためにできることがあればぜひ協力したいですね。
―11月にはデフリンピックが日本で初めて開催されます。デフリンピックのことはご存じでしたか?
三津家 デフリンピックは、昨年2024年に神戸2024世界パラ陸上のアンバサダーをやらせていただいたときに初めて知りました。僕はそういった大会に常にアンテナを張って、感度を高くやっている方だと思うのですが、それでも知ったのは昨年・・・。なので、たぶん一般の人たちもまだまだ知らないんだろうなっていう感覚です。
―デフリンピックの認知度を上げていくには、どのようなことが必要になってくると思いますか?
三津家 そうですね・・・。どんな施策でもですが、人を連れてきたいときに、最初から綺麗に売り込もうとすると絶対にうまくいかないんですよね。綺麗に見せるべきこと、例えば社会性のあることを適切に見せることは、それはそれでもちろん大事なことです。ただ、人が行動に移す動機って、良くも悪くも『不純』なところだったりしますよね。それで引きを創ることが何よりも大事になると思います。僕はそれこそ初めのきっかけは、わかりやすく不純でもいいと思っているので、稼ぎたい・モテたい・食べたいなど、そういったところで誘因をかけます。例えばシンプルに、美味しいものがたくさん食べられる場で競技を観られるとか。“美味しいものを食べに行こうよ”なら友達も誘いやすいので、若者世代などライトな層でも動いてくれると思いますし、そういうライト層は拡散能力も高いから、こちらが無理強いしなくても拡げてくれる。競技の魅力を綺麗に伝える面とライト層を捕まえるためのある意味で不純な施策、この二つをしっかり考えてアプローチすることが大事ではないでしょうか。
―神戸2024パラ世界陸上のアンバサダーをして感じたことを教えてください。
三津家 ブラインドラン(目が見えない状態にして走ること)に挑戦したのですが、あの凄さは実際に体験しないとわからないですね。目隠しをすると一歩踏み出すだけでも怖いのに、走るのなんて考えられない。それを全力疾走する選手たちの凄さが身に沁みました・・・。でもその凄さって、実際に体験して初めて気付けたんですよね。なんとなくイメージはあるものの、自分がやるのとやらないのでは大違いでした。デフスポーツの凄さやその特性を感じてもらいたかったら、やっぱり体験ができる機会を増やすことは重要かなと思います。
―もっと広く知ってもらうためにまだまだ努力が必要ですね。
三津家 神戸2024パラ世界陸上ではおそらく初めてインフルエンサーを起用し、動画をつくってアップして、その再生数は300~400万に届いています。それだけリーチを取れたので、前例にとらわれずに新しい取り組みにトライすることの大事さを証明できたのではと思っています。また、ブラインドランの体験を通して、自分がやってみたからこそ、その凄さを感じられました。実際にみんなに体験してもらえるような施策は、やっぱり絶対に必要です。ただ、「体験できるよ」とだけ言っても人は来ないので、そこに不純・・・とは言わずとも、ただの競技体験だけでない要素をどれだけ掛け合わせられるか。ちょっとこれはやりすぎかな?って思うことぐらいをやり続けないと、正直なところ大きく盛り上げることは難しいです。ただ。やりすぎてもダメなんですが・・・。そこを塩梅よくトライし続けることで、認知度は上がっていくのではないかと思います。
―もっと盛り上げるために私たちももっと考えていきます。最後に読者に向けてメッセージをお願いします。
三津家 自分の知らないものを知ること、体験して学ぶことはとても楽しいことだと思っています。このインタビューを通して「陸上競技って何が見どころなんだろう?」「デフリンピックってそもそも何なの?」と思った方は、試しに競技を観に行ってみたり、大会についてぜひ学んでみていただきたいです。まずは知ってから、楽しいかどうかを判断してもらえたら。知らなかった人たちが楽しいと思ってもらえるための施策は、運営側や僕らがどんどん考えていくので!まだ出合っていないモノの中にも楽しいことはたっくさんあります。“楽しい”の固定観念に捕らわれずに、自分が今知らないことにこそ関心を向けてみてください。あなたが知っている“楽しい”はまだほんの一握りですよ?東京が、日本が盛り上がる2025年! 楽しみつくしましょう‼
そのためにまずは3月8日、フルハウスへ!(笑)
三津家 貴也(みつか たかや)/1995年 熊本県生まれ
ランニングインフルエンサー
熊本県立玉名高等学校で陸上競技(中距離走)を始め、インターハイ800mで6位入賞。筑波大学(体育専門学群)では学生個人選手権1500mで6位入賞。大学時から大学院(人間総合科学研究科体育学専攻)にかけてランニングについて研究し、学術論文を3本投稿。国際学会で発表する経験も持つ。
卒業後はRUNNNING SCIENCE LAB でランニングコーチをしながら、陸上競技選手としても活躍し日本選手権800m出場。
現在はランニングアドバイザー、モデル、非常勤講師、インフルエンサーなどマルチに活躍中。
Instagram:takaya_mitsuka
X:@tky0802
YouTube:三津家貴也
Web:https://3itsuka.com/
《Full house(フルハウス)》
Web:https://fullhouse.3itsuka.com/
Instagram:fullhouse.official2025
text by 木村 理恵子
photographs by 椋尾 詩
2025.02.28
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