さとり(スターバックス コーヒー nonowa国立店ASM)|大好きな自分で、光り輝くために
2024.10.22
スタートアップ経営者
2024.03.14
きこえない・きこえにくい人へ、スポーツ観戦をより臨場感のあるものに。
競技の音を可視化したデジタル技術「ミルオト」が、
スポーツ観戦の在り方を変えようとしている。
株式会社方角の代表取締役 方山れいこは、
音を、音以外の手段で伝えるデザインを追求する。
空間を、迫力を、感動を、すべての人と分かち合うために。
―方山さんは、どのような経緯で株式会社方角を設立されたのでしょうか。
方山 もともとは美術大学で、建築やランドスケープなどの空間デザインを学んでいました。同期はそのまま工務店やゼネコンに入るような人が多かったんですが、私はもう少し現代アートのようなものをつくれるようなことがしたいなと思い、大学院に進んだんです。そのあと、ご縁があったデザイン制作会社に入ったんですが、同時期に結婚もしました。そのタイミングでなんとなく、私の人生ってこのまま終わっちゃうのかな・・・と思ったんですよね。新しいことがしたくなっちゃったんです。
そこで転職活動を始めたんですよ。ですがちょうどその頃、コロナの影響で採用活動をストップしている企業が増えていた状況でした。私が受けたところも連絡が来なくなってしまったり・・・。でも、もう転職活動を始めちゃったし、会社にも辞めるって言っちゃったし、もうどうにもできないなって思い、フリーランスで活動することに決めたんです。でも、女性のフリーランスってめちゃくちゃナメられるんですよね・・・。家事の片手間にやってるみたいに思われることがすごく多くって。それにすごく腹が立ったんです。なので、社長になったらナメられないかなと思ったのが起業の始まりです(笑)。親戚にも事業をしている人が多いので、あまり抵抗もなく会社をつくってしまったという感じです。
―デザインを学ぼうと思われたきっかけは何だったのでしょう?
方山 COUNT DOWN TV(カウントダウンティービー)って歌番組あるじゃないですか。高校生のとき、あれを見てて、歌手の後ろの舞台セットに目を奪われて。すごくきれいで、これをつくりたい!と直感的に思ってしまったんです。その瞬間は深夜でしたが、「私、美大に行きたい!」と母親を叩き起こしたんです(笑)。その冬から予備校に通い始めました。それが、本当に人生を変えたんです。
―もともと、デザインや美術に興味があった?
方山 絵を描くのは好きでしたが、別にめちゃくちゃ絵がうまいわけではなかったんです。予備校時代も美大時代も苦戦の連続で、8時間かけた紙の模型を目の前でぐしゃぐしゃにされて「こんなのゴミだ」と捨てられたりしましたね。ただ昔から、何かきっかけがあると「ああこれだ!」と突き進んじゃうタイプなんです。
― 本日は方山さんに加え、「ミルオト」の開発に携わった早稲田大学岩田研究室(鳥谷氏、ゴーメレン氏)と株式会社アイシン(塩浦氏)にもご同席いただいています。UPGRADE with TOKYO※ 第29回で優勝された「ミルオト」の技術について教えてください。
※UPGRADE with TOKYO:スタートアップと東京都の協働で都政課題の解決を目指すピッチイベント。第29回のテーマは「音が見える、音を感じる競技会場の実現」。
公式ウェブサイト:https://upgrade-tokyo.metro.tokyo.lg.jp/event/
方山 「ミルオト」は雰囲気応援可視化システムと称して、試合中のその場の雰囲気・応援をリアルタイムに可視化し、音を表示するシステムです。競技の雰囲気や応援のエネルギーを擬音として捉え、大型スクリーンやオンラインでの画面に映し出します。ラケットの打球音や、シューズがフロアにこすれる音などを可視化することで、きこえない人でもスポーツの迫力を視覚的に体感できること、そしてスポーツの進行がわかりやすくなることを目指したテクノロジーです。
※「ミルオト」公式ウェブサイト:https://miruoto.jp/
もともと、アイシンさんと早稲田大学さんでスポーツの音を可視化する技術の制作に取り組まれていたんです。そこに、以前からアイシンさんとつながりがあり、これまでもろう者・難聴者のスタッフとともにサービスを企画・提供してきた私たち(方角)が加わった形です。弊社がこの「ミルオト」プロジェクトに入ることによって、きこえない方により届くものをつくれるのでは、と三者で連携することになりました。それが本格的に始まったのが「UPGRADE with TOKYO」。役割分担は、アイシンさんが「音声認識」の技術、早稲田大学さんは動作認識の技術を活用した「音がどこから出ているのか」を判定する技術、そして方角が企画とデザインの部分を担当しています。
― 「ミルオト」はいま、数ある競技の中から卓球のプレー中の音を可視化していますが、卓球を選んだ理由は何ですか?
方山 まずは室内のスポーツであること。もう一つは、1対1で行うなど規模がある程度コンパクトなこと。それらの特性が、競技の音を判定しやすく、体の位置や音の出ている位置を推定しやすいことにつながり、そのほかの細かい条件とも合致したのが卓球だったんですね。次に可視化する競技にも着手していますが・・・まだ秘密です(笑)。楽しみにしていてください!
試合中のその場の雰囲気・応援をリアルタイムに可視化し、音を表示する
©ミルオト
― 音が出ている位置を判定するというのは、どのような技術なのでしょうか?
鳥谷(早大) 私たちの研究室は、ロボット開発の研究室をしているんですが、広く言うと「人と何かをつなぐためにロボットやシステムをつくっていく」をテーマにしているんです。そのテーマに関する研究となるので、多岐にわたって色々やっています。たとえばリハビリ系の研究や、がんを治療するロボットの研究など。エコーで心臓病を検査するロボットなんかも対象です。そこで用いる、映像上で対象の位置を特定・認識する技術を、この「ミルオト」に必要な音の位置の判定に活用しているんです。人間がラケットを振る動作をAIモデルで蓄積して、動き方から音の出る位置を計算しています。
― 卓球の音は現状4種類のオノマトペで表現されていますが、どのようにして音を拾っているのでしょう?
塩浦(アイシン) 音は、球がラケットや台に当たる「コンッ」「カッ」、シューズがコートに擦れて出る「キュッ」、そして拍手の「パチパチ」の4種類です。精度よく音を拾うために専用のマイクを使って、どこまで音を拾うかなどを調整しています。一部しか音を拾わないとリアリティに欠けますし、あんまり範囲を広げすぎると逆に周りの音も拾ってしまったり。マイクは大きく分けると二つ使っていて、一つは指向性のマイクを台の横に設置し、もう一つは振動マイクを使っています。振動マイクは、台に設置することで、台と接触して発された音だけに反応できるマイクです。
可視化したのは当初は打球音だけだったのですが、実際に耳を使いながら卓球を見ていると、打球音だけでは競技の迫力やおもしろさを表現できていないなと思ったんです。そこで、打球音だけではなくて、場の雰囲気や盛り上がりも可視化したほうがいいという結論に至ったんです。そこで出たアイディアが、シューズや拍手の音だったんですね。
― 「ミルオト」で特にこだわっている点は何でしょう?
鳥谷(早大) きこえない方が見ても、どこから音が出てるのかがちゃんと分かるように。音が出た場所を正確にとらえてオノマトペを表示させるという点にはこだわっています。
塩浦(アイシン) あとは、音が出るスピードですね。卓球ってすごい速さで試合が進みますが、その動きから音が出るまでにタイムラグがあると、見てる方としては「なんだこれ」となってしまう。ですので、ストレスなく観戦してもらえるように、タイムラグを最小限に抑える開発を進めています。音の位置をとらえる技術も、このタイムラグを抑えるための技術も、精度を上げるためにはひたすらデータを蓄積するんです。もう研究室に卓球台もあるんですよ。暇さえあればデータを取ってAIモデルを動かしてみて・・・。みんな、やたらと卓球がうまくなっちゃいました(笑)。
方山 それぞれの得意分野で日々研究を重ねながら、2025年に向けて一歩ずつ成長を続けているんです。互いに高めあえるメンバーで、この三者で「ミルオト」に取り組めていることがうれしいですね。
私、大学に入るのに二浪してるんです。みんなより、社会に出るのが二年遅かった。でも、二年早く現役で入ってたら、このプロジェクトに参加していなかったと思うんです。だから、運命的な出会いだなって、本当に思ってます。
―方山さんは「エキマトペ※」のデザインにも関わられていますね。
※エキマトペ:駅のアナウンスや電車の音といった環境音を、文字や手話、オノマトペとして視覚的に表現する装置。キャッチコピーは「電車の音、初めて知った。」富士通をはじめとする4社がプロジェクトチームを組み、誰もが使いやすく、毎日の鉄道利用が楽しくなるような体験を目指して、川崎市立聾学校の子どもたちと一緒にアイデアを考えた。2021年にJR巣鴨駅、2022年にJR上野駅で実証実験を実施。
公式ウェブサイト:https://ekimatopeia.jp/
「電車の音、初めて知った。」エキマトペ 上野駅編
©富士通株式会社
方山 「エキマトペ」に携わることになった当時は、きこえない人の知りあいはいませんでしたし、出会う機会もなかったんです。ただ、デザインをする中できこえない方にお話をきく機会があって。そこで最初にデザインを見ていただいたときに、「これはかっこいいかもしれないけど、わかりづらい」と言われたんですよ。デザインを「わかりづらい」と言われたのが初めてで・・・。デザインは《かっこいい》モノをつくることだとずっと思っていたんです。でも、《わかりやすい》っていう観点がある。知識としては頭にあったけど、こういうことなんだ!って。《わかりやすい》上で素敵なもの、というデザイナーとしての新たな切り口が生まれた感じでしたね。
普段から仕事の内容などをSNSにあげることがあるのですが、エキマトペについても、いつもみたいに投稿したんですね。そしたらびっくりするくらいの反響があって。特にきこえない当事者の皆さんから、「こんな素敵なものをつくってくれてありがとう」という声をたくさんいただいたんです。自分の仕事でこんなに感謝されたり反響があることって、それまでなかったんですよ。それがうれしくて、きこえない人たちのことについて「もっと知りたい」と思うようになったんです。気づいたら、きこえない人をアルバイトに採用していました(笑)。
―いずれの技術もオノマトペが要になっていますが、どのようにデザインされているのでしょう?
方山 開発にあたっては当事者の意見を尊重するというのを、必ず軸に入れています。これは開発のエゴでは決してなくて、きこえない人のために何をしたらいいのかを考えるときに、その当事者にちゃんとヒアリングをして進めるのが大前提です。「ミルオト」のプロジェクトチームにも、企画の段階からきこえない・きこえづらいメンバーがいます。
「ミルオト」を担当する弊社のデザイナーは、生まれたときから完全にきこえない方で、音というものの感覚が、きこえる人とは違うと思うんです。彼女の、きこえる人にはないその感覚を信じて、そこに漫画やアニメで培ってきた彼女自身の経験を生かしてもらい視覚化する。「コンッ」という打球音を表現するのも、擬音がピョンと飛んでるようなアニメーションにした方がイメージに近い伝わり方がするよね、とか。ただデザインするだけではなくて、きこえない人にちゃんと伝わる表現なのかどうかを、吟味しながらつくっていきたいんです。
―方山さんは、きこえない人向けのメディア「キコニワ」※1や求人サイト「グラツナ」※2なども展開されています。
※1 キコニワ:きこえない、また盲ろうのライターを中心に発信するウェブメディア。聴覚障害や盲ろうにかかわるライフスタイル、きこえない人が経営する事業や運営イベントなどの情報を集め、記事や動画を発信している。
※2 グラツナ: きこえない人を対象とした求人サイト。個人と企業がスムーズにマッチングするよう配慮されており、就業前の基礎知識研修などの「受入準備プログラム」や、就業後に企業向けに適切な配慮と適宜アドバイスを行う「アフターサポートプログラム」を提供している。
方山 障害のあるすべての方を幸せにしたいという気持ちはもちろんあります。だけど、その方々すべてと知り合いではないので、私としてはなかなかイメージがつきづらいんですよね・・・。そういうときにいつも思うのが「まずは自分の社員たちを幸せにしたい」ということ。うちの社員のみんな、めちゃくちゃいい人たちなんです。だって、こんなちっちゃい会社に入ってきてくれるんですよ?それはもういい人じゃないですか(笑)。この人たちが幸せになるためにはどうしたらいいんだろうと考えると、自然と「キコニワ」や「グラツナ」のようなサービスが生まれるのかなと思っています。「キコニワ」では、当事者である自分たちが実際に悩んでいることを発信してくれるので、すごく生き生きとしたものができる。自分たちが社会に対して課題に感じていることを、そのまま私の会社で解決に向けてカタチにしようとしてくれる。私自身ものすごくありがたいなと思うし、会社がみんなの夢を実現できるような場になっているのがとてもうれしく思います。社員のみんながやりたいことをできる受け皿をつくることが、私の日々のやりがいになっているんです。
―2025年、デフリンピックが東京で開催されます。大会に期待することや、大会を機にかなえたい目標などについて教えてください。
塩浦(アイシン) すごく技術者目線かもしれないですが、「ミルオト」をしっかり楽しんでもらえるものにしていきたいです。一人でも多くのきこえない人が、スポーツ観戦をより楽しんでもらえるように・・・そう強く思っています。これまでの経験で、知らなかった音を知ることができたとすごく喜んでいただけたことが、やっぱりとても感動的だったので。
鳥谷(早大) 私たちの研究室は、人の生活を豊かにしたい、「誰一人取り残さない社会」をつくることを掲げて活動しています。「ミルオト」プロジェクトが、この研究室の考え方にすごくリンクしていると思っています。デフリンピックを機に、そこから先の未来でも、きこえない人にスポーツ観戦を楽しんでもらって、「誰一人取り残さない社会」を実現していきたいです。
ゴーメレン(早大) ぼくは、手話を覚えたくなっちゃいました。2023年4月に日本に来たんですけど、そこまではきこえない人と出会う機会はありませんでした。日本で初めてきこえない人とコミュニケーションをとるようになって、もっと彼らの伝えたいことをわかりたいと思ったし、ぼくももっと伝えたいと思うようになったんです。手話で話せたら、自分ではわからないことや考えたこともないことを知られるかもしれない、研究にもつながるかもしれないですよね。デフリンピックで世界中からきこえない人が日本に来ますし、手話を勉強して積極的に会話してみたいですね。
方山 世の中の聴覚障害に関する知識とか、偏見とかがいまだにすごくあると思っていて。一個一個、解消したいなと思っています。「グラツナ」などでアプローチはしていますが、なかなかそれだけでは足りない。今回、デフリンピックという大きな機会があるので、聴覚障害について知るきっかけがめちゃくちゃ生まれますよね。「ミルオト」のような新たな技術について知ることと同時に、それ以上にきこえない当事者について知っていただく機会になるように。その機会を広くつくっていけるように尽力していきたいです。
―方山さんにとって、「デザイン」とは何でしょうか?
方山 ちょっと待ってくださいね…。(考えてから)デザインって、「コミュニケーション」だと思います。別に、デザインもアートもどっちもあんまり変わらないとは思うんですけれど、もし強いて言うなら、デザインは相手ありきなところ。アートは、別に家に閉じこもってもできるかもしれないけど、デザインは家に閉じこもってたらできないと思うんです。デザインは、誰かがいないと成立しなくて、それが私たちにとってはきこえない人だし、デフリンピックの運営の方々でもあるし、はたまたデフリンピックを楽しみにしているきこえる人かもしれないし。皆さんとのコミュニケーションを通して、一緒になって笑えるようなデザインをつくっていきたいですね。
方山 れいこ(かたやま れいこ)/1991年 東京都生まれ
スタートアップ経営者
東京芸術大学大学院映像研究科修了後、デザイン制作会社、フリーランスを経て2021年に株式会社方角を設立。「あらゆる障害は個人ではなく社会に存在する」という考えを前提に、社会構造をデザインの力で変えていくソーシャル・デザインカンパニーとして多くの事業を展開。聴覚に何らかの障害がある従業員を全体の約4/5採用しており、当事者の目線からプロジェクトを推進し、真に求められるデザインを追求している。
学校法人早稲田大学、株式会社アイシンとともに「ミルオト」を共同開発し、スタートアップピッチイベント「UPGRADE with TOKYO」において、「音が見える・音を感じる競技会場の実現」をテーマに優勝に輝く。
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